執務の間の貴重な休憩時間。 昼食を軽く済ませたゼフェルは、最近のお気に入りの場所で昼寝をしていた。 「あー…やっぱこん位の日射しと木陰のバランスが丁度イイんだよな…」 既に寝っ転がって五分と経たない内にもうウトウトとし始めている。 実は、ゼフェルのいる場所とはランディの執務室の窓の真裏にある、ちょっとした小さな丘になっている所だった。 木がうまい具合に隠してくれて、寝るのにはうってつけなのだ。 何だか今はランディもどっか行ってるみてーで静かだし、ゆっくりできるな…。 丁度その頃。 ランディはゼフェルを探してあちこちさまよっていた。 「うーん…。誰もゼフェルの居場所を知らないとはなあ…。いくら何でもまさかこんな時間から外界に脱け出す訳無いだろうし…」 そろそろ休憩も終わってしまう。 ランディは諦めて帰る事にした。 近道をした為、いつもの様に執務室の窓から入ろうと足を掛けたその瞬間。 「ふわ〜〜あ…。んー、良く寝たな…」 すぐ後ろの木の陰から聞き覚えのある声がした。 「なっ…?! ゼフェルかっ?!」 慌てて生い茂る葉を掻き分けて、声のした方へ近づくとそこには…。 「ゼフェル!!」 まだ寝起きでぽわんとした表情のゼフェルが、木の幹を背もたれにして、足をこちらに投げ出して座っていた。 うっ…かっ…、カワイイ…なあ…。 ランディは目を細め、デレーっとしている。 「…んー……」 まだ眠気の覚めやらないゼフェルと、それを至近距離でうっとりと見詰めるランディ。 そしてまた、そんな彼らの様子を楽しげに見ている人物が、一人。 「…クラヴィス、何を見ているのだ? そろそろ執務に戻るぞ」 「まあ、待て。ジュリアス、こちらに来てみろ。…面白いモノが見える」 昼食をクラヴィスの部屋で済ませ、寛いでいた二人。 言われるままに窓辺にジュリアスは近づいた。 「…あそこだ」 クラヴィスの指が指し示す先にはランディとゼフェルがいた。 「ランディとゼフェル…? 二人共何をしているのだ? あんな所で…」 「さあな…。もう暫くすれば何か始まるかも…な…」 「何か…って、何が始まると言うのだ、クラヴィス?」 「何って…子供ではあるまいし、言わずとも知れるだろう…?」 「っ!! またっ…そなたはそんな事ばかり…」 ジュリアスはくるりと振り返り、執務室の外へ通じる扉へとスタスタと向かう。 ガチャ、と音を立て再び閉じる前にジュリアスは思い直した様にクラヴィスの方を向いた。 「…良いか、クラヴィス。今日が期限の書類は必ず今日中に持って来るのだぞ。…出来なかったら…、判っているな?」 窓側の壁に寄り掛かり、腕組みしていた片手をクラヴィスは苦笑いしながら軽く挙げる。 それを確認すると、扉を閉めジュリアスは自分の部屋へ戻って行った。 「…仕方ないな。真面目にやるとしよう…」 最早、執務を滞らせる理由は無くなってしまったのである。 もし、一日でも遅れたらその期間分、触れるどころか口も利かないとジュリアスは宣言していた。 まだキスしかさせてくれないのに…。 「正に拷問、だな…」 外の様子がまだ気になるクラヴィスだったが、彼にとってはジュリアスの機嫌を損ねないようにする方が最優先事項である。 クラヴィスは諦めて机に向かい、期限間近の執務を片付ける事にした。 ***** ――――一方、その窓の外では何が起こっていたのかというと…。 …何だかやっと目が覚めてきたかも…。 ん? …何か目の前に…茶色い毛並み…。 イヌ? いや、タヌキか? フカフカして気持ち良さそうだな…。 触ってみっか? …ん? んん? 思ったよかクセがあって…猫っ毛…。 んー? しかし、でけぇ頭だな、こりゃ……って…? 「うっ…、うわああああああっっっ?!」 いきなり覚醒したゼフェルは今まで寝ぼけてグリグリしていた物体はランディの頭だったのにやっと気付き、 真っ赤になって後ろに飛び退った。 「酷いな〜、ゼフェル。ずっと俺の事撫で回していたクセに、その驚き様はないだろ?」 ランディは残念そうにゼフェルに訴える。 「イヤイヤイヤ…、俺、寝てたから何っにも覚えてねーし。目が覚めたらいきなりランディのどアップだし…。 う〜…。寝覚めワリィな…」 機嫌悪そうに頭をワシャワシャとやるゼフェルにランディは情けない声を出す。 「そりゃないよ、ゼフェル…。それより、ずっとココで寝てたのか? 俺、さっきからゼフェルの事探してたんだよ。 でもまさかココとは思わなかったなぁ…」 「いーだろ、別に。誰にもメーワク掛けちゃいねーだろーが。ったく、こんな寝覚めがワリィとここも考えなきゃなー…」 ゼフェルは服に付いた落ち葉をパタパタと払い、自分の執務室へ戻ろうとして歩を進め掛け、ぴた、と止まった。 「ん? あ、そうだ。今、俺を探してたっつったか、ランディ? 何か用か?」   目をぱちくりとさせ、ああ、とランディも思い出したかの様に言った。 「そう、そうなんだよ。実はゼフェルに頼みたいことがあったからさ」 と、ランディは自分の服のポケットの中をごそごそと探っている。 ゼフェルもその様子をじっと見ていた。 「あった!! これ、これなんだけどさ…」 ランディが掌に乗せたものを見ると…。 「懐中時計か、コレ? ちょっと年季入ってるなぁ…」 ゼフェルはそれを手に取り、中を開けたり色々と確かめるかの様に調べ始めた。 「うん…。それ、父さんから貰ったヤツなんだ。父さんも、爺さんから貰ったもんだって言ってた。 それがこの前急に動かなくなっちゃってさ…」 ランディの少し寂しそうに呟いた言葉が、ゼフェルの手を止めた。 「…そっか…。大事なモンなんだな、この時計は…」 二人して時計を見詰める事、暫し。 「それ、ゼフェルに修理頼めないかな?」 「ん? ああ、わかった。部品とか…多分もう無いだろうからな、作りながらやるから、ちょっと時間掛かるかもしんねーけど…」 「そんなのは全然構わないよ!! ありがとう、ゼフェル。…良かったぁ…」 嬉しそうにはしゃぐランディを少し呆れた様子で見ていたが、悪い気はしないゼフェル。 「おい、まだ中開いてもいねーのに…直るかどうかもわかんねーんだぞ? まぁ…俺様の手に掛かれば直るに決まってるけどな」 少し照れ臭そうにするゼフェルをランディはやっぱりカワイイなぁ、と思いながら見惚れていた。 「ヤベッ、もう行かねーと。…ジュリアスのヤツ、最近俺がちゃんと部屋に居るかどうか見回りに来やがんだよ、ったくよー」 じゃあな、と慌てて走ってくゼフェルを見送った後、ランディも再び部屋に戻るべく窓に手を掛ける。 「…そこは何時から出入り口になったんだ?」 ギクリ、と声のする方を見遣ると…。 「オ、オスカー様?! …びっくりさせないで下さいよ、もう…」 ほっと胸を撫で下ろすランディ。 「…安心するのはまだ早いのではないか? ランディ」 更に続いた声音ににギクっとする。 「うわっっ?! ジュ、ジュリアス様っ…!!」 半分開いていた扉の影から、ジュリアスがしっかりと見ていたらしい。 「全く…。お前はいつになったら落ち着いた行動ができる様になるのだ。もう少し自覚を持って欲しいのだがな」 呆れムード満載のこの自分の執務室でランディは小さくなってしまった。 「申し訳ありません…。ジュリアス様…」 「まぁ、いいじゃないですか、ジュリアス様。ランディもこれからは注意するんだな?」 と、オスカーがとりなしてくれる。 「は、はい」 「そ・れ・よ・り…」 「…はい?」 妖しい笑いを含んだ声でオスカーが続ける。 「お前、ヤルなあ。いつの間にゼフェルに告白したんだ?」 ニヤついたオスカーとその言葉に一瞬怯んだランディだったが、瞬時に顔を赤らめ、必死に否定し始める。 「ちっちちっ…、違いますって!! 何言ってるんですか、オスカー様?! 俺、何もしてないし言ってませんから!!」 「…何だ。違うと言っているぞ、オスカー」 何時の間にか話に加わっているジュリアスにオスカーもつまらなさそうな顔をする。 「チッ…。何だ、まだ何もしてないのか…。つまらん」 「つっ…つまらないとかの問題じゃないですよっ!! どっ、どうして急にお二人共そんな事仰るんですか?!」 「どうしてって…。お前なぁ、あんな見える所でイチャついてたら、そりゃ皆そう思うだろうが…」 「いっ?! イチャついてるって…別にそんないいもんじゃないのに…」 残念ながら二人の間にそんな甘いモノは微塵も存在しない。 「じゃ…じゃあ…、ジュリアス様も見てたって事です…よね?」 無言で頷くジュリアス。 クラヴィスがあんな事を言うから気になったとは言えぬがな…。 「…兎に角!! 何でもないですからっ!!」 「へぇ…? 下心も丸っきり無かったっていうのか? 坊や」 「坊やはやめて下さいって言ってるじゃないですか、オスカー様!!」 「…無かったのか?」 「…はい? ジュリアス様まで何を…」 「…早く捕まえておかないと、ゼフェルは何処かに逃げてしまうぞ? 何せあれは…逃げ出すのが得意技だからな…」 ジュリアスがそんな事を言うなんて、と驚きの表情を隠せないオスカーとランディはお互いの顔を見合わせた。 所謂二人ともハトが豆鉄砲…の状態である。 「ジュリアス様、最近変わられましたね…。クラヴィス様の影響ですか?」 オスカーは苦笑しつつ、ジュリアスに問う。 「なっ?! あれは関係ない。変わったというのも、そなたの気のせいであろう。…いや、私の事はどうでも良い…」 「え…? な…んで、ジュリアス様が赤くなるんですか…? クラヴィス様の影響って…?  えっ? えええーーーーっっっ?! んがっっ?! んぐぅ…」 いきなりジュリアスの手に口を押さえられてしまったランディ。 何時もよりも更に凄味のある睨みと声音が、ランディの頭上から襲う。 「…良いか? 今聞いた事もお前が考えた事も全て…忘れるのだ!!」 「ジュリアス様、そんな赤い顔していては、説得力ないですよ…」 「うっ、うるさいぞ、オスカー!!」 「いいじゃないですか、別に。隠す程の事でもないでしょうに」 「そっ…、そなたはそれでいいかも知れぬが…私は…」 その瞬間、執務室の扉が開いた。 「…ああ。ここにいたのか…。探したぞ、ジュリアス…」 声の主はクラヴィスだった。 何てタイミングの悪い男なのだ…コイツは。 「てっきりゼフェルの所に居ると思っていたものを…。何故ここに居る?」 「い、いや…。通り掛かったらランディが窓から入って来るのが見えたのでな…」 「また、ジュリアスに説教されたか… ランディ?」 ちろり、とクラヴィスが見遣る。 「ええ…まあ…。そういう所です…」 ランディはさっきのやり取りの内容が気になって仕方ない。 ジュリアス様とクラヴィス様が…信じられない。 あんなに仲が悪いと思ってたこの二人が…。 「…? 私の顔に何かついているのか?」 無意識の内にクラヴィスの顔を凝視していた様だ。 「いっいいえっ…!! すっ、すみません…、クラヴィス様」 慌てて俯くが、ちょっと耳が赤くなっているのを見てとると、クラヴィスは楽しそうに尋ねる。 「…ああ、何か聞いたのか? 私達の事を…」 途端にジュリアスが慌てだす。 「クラヴィス?! そなたはもうここには用はなかろう? 私も戻るからそなたも一緒に来るのだ!!」 「ほう…? お前から誘われるとはな…。期待しても良いのだな…?」 「っ?! 違う!! そうではなく…ああ、もういいから出るのだ!!」 ジュリアスに引き擦られる様にクラヴィスもランディの執務室を後にする。 「…何だったんだ…今のは」 ボソッとランディが放心した面持ちで扉の方に向かって言った。 「さあな。…だが、ジュリアス様の仰る事も尤もだと思うぞ? ランディ」 「えっ? ジュリアス様のって…」 短時間の間に一気に色んな事が起こったので、ランディも少々混乱している様子。 「大丈夫か? ランディ。…そんなにあのお二人の事がショックだったのか? ほら、『早く捕まえておかないと…』ってヤツだ。 思い出したか?」 クツクツと苦笑しながらオスカーは促す。 「…ああ、ジュリアス様があんな事仰るなんて…。俺、すごくビックリしちゃいましたよ」 「ま、お前だけじゃないがな」 「…オスカー様はいつからご存じだったんですか? あのお二人が付き合ってるのを」 「ん? 付き合ったのはつい最近だぞ?それまでずっとお互いに片思いってカンジだったらしいがな」 オスカーの言葉にぽかんと口を開いたままのランディに気づく。 「お、おい? どうした?」 「何ですか、それ? 互いずっと好きだったのに何でつい最近付き合うんですか?」 「おい、落ち着け。大人には大人の事情ってモノがあるんだ。ジュリアス様も、同じ様な状況のお前達を心配されているんだよ。」 「んー…。確かに似てますけどね…」 「だろう? お前達もあのお二人にも負けず劣らず仲が悪いので通っているからなぁ…」 「そうですね…。俺、いつもすぐに思った事言ってゼフェルを怒らせちゃうんです。これじゃいけないって思うのに…。 どうして、上手くいかないんだろう?」 「アイツも変にヒネくれているからな…。素直に言っても、遠回しに言っても、結果は同じだろうしな…」 「そうっ、そうなんですよ、それなんですよ…。俺の悩みは、どう言えばゼフェルにちゃんと伝わるのか、なんですよ…」 「だが、俺の見た所では、アイツも満更でも無いような気がしてるんだがな」 「ええっ?! オ、オスカー様…。それ、本当ですか…?!」 「本人に聞いて確かめた訳じゃないが、俺にはそう見える」 ぱああ〜〜っと顔を明るくさせるランディ。 「オスカー様、俺…俺、頑張ります!!」 「あ、ああ…。そうか。ま、うまくやれよ?」 そう言ってオスカーはランディの頭に手を軽くポン、と乗せると自分の部屋へ戻って行った。 「…そっか。…なら、話は早いのかも…」 一人堪え切れないニヤついた笑いを浮かべるランディだった。 ***** …俺、別に変な所…なかったよな…?  寝言なんか言ってなかったよな?  ランディも何も言ってなかったし。 フツーに喋れてたよなー…? ―――執務室に戻ったゼフェルは、先程のランディとの遣り取りを思い返していた。 やっぱりあの場所はダメだな…。 結構気に入ってたんだけど心臓に悪いぜ。 目が覚めりゃいきなり目の前のランディのドアップには参った…。 自分のやるべき執務もそこそこに、ランディに頼まれた時計の修理をしながらそんな事を考えていた。 「おっ? こりゃ、部品が磨耗してるだけだな…。んじゃ、コレを交換すりゃ動くだろ」 楽勝、楽勝とばかりに鼻唄まじりに作業を進めていく。 この大切な時計の修理を自分に頼んでくれた事が、素直に嬉しかった。 「…アイツも、カワイーとこあんじゃん。ま、この俺様に目をつけたってのは正しかったよなー?」 手早く作業を進める中でも、ゼフェルはランディの時計を大切に扱う。 「…親父に貰った…か…」 守護聖になってから、家族や友人との思い出がどれ程自分達にとって大切なモノかが身に染みてわかった。 もう2度と戻れない…、かけがえのない時間。 普通の人間として暮らしていれば、何の問題もなく過ごせていた筈の自分の居場所を、求める事はかなわない。 「…ひでぇ話だよな…。何で俺達じゃなきゃならなかったんだよ…!!」 ゼフェルは唇を噛み締め、ドライバーを握る手にも力が篭る。 その拍子に、部品の一部を落としてしまった。 「お…っと、いけね。余計な事、考えちまったな」 慌ててそれを拾い、再び作業に取り掛かる。 「アイツもな…。普段はあんな脳天気なクセして、そんでも辛い部分は俺と一緒なんだよなー…」 ゼフェルが聖地に来てから何かと世話を焼きたがり、先輩面して自分の周りをうろちょろとちょっかい出してきた。 最初は鬱陶しいの一言だった。 だが、次第にランディが視界に映っても気にならなくなっていた。 腹が立つのは相変わらずだったが、何故か姿が見えないと落ち着かなくなる自分が居るのにも驚いたのを覚えている。 「慣れってのは本っ当、コエーよな…」 いや、気にならなくなったというのには語弊がある。 いつからなのか、ゼフェルはランディの事が気になって気になってしょうがなくなっていた。 「…だからって何で、アイツなんだよ…。どっからどう見たって、男じゃねーか…」 自分の教育係りと称して世話を焼いていたルヴァが、オリヴィエと付き合っているのは知っていたし、 別にそれについての嫌悪感は全くなかった。 何より、幸せそうな二人を見て、逆に羨ましくも思えたりもした。 あの二人は…何つーか…。 「俺から見てもお似合いってヤツだよなー? ちゃんとお互いの事理解して、愛し合ってるっつーカンジでよー」 しかし、それがいざ自分も…となると、やはり抵抗があるらしい…。 「…大体よー、アイツはフツーに小さくて可愛くて、守ってやりたくなる様な女が好きそうだし…」 最後の部品を慎重にはめながら、ゼフェルは溜め息をついた。 「気持ち悪がられるのがオチだっつーの…」 自分で呟いた言葉に、思いもよらずズキリと痛む胸に、ゼフェルは気付かない振りをする。 カチリ、と音を立てて、時計の裏蓋を閉めた。 「…よっしゃ!! 完成っ…と。で、ここのネジを巻けば…」 天辺のネジをカリカリと回し、反応を見る……。 だが…。 しーーーん…。 幾ら待てども、時計の動き出す音が聴こえてこない。 「あ?! あれ? 何でだよ?」 もう一度、中を開いて確認してみるのだが……。 「…どーゆー事だよ、一体…?」 自分の仕事に何の狂いも見当たらない。 いつもどおり完璧であったにも拘らず、やはり動く気配がないのだ。 どこがおかしいのか、原因が一切わからない上、これで動かない方がおかしいのである。 「やべーな…。っつーか、俺のせいか? いや、俺は何もマズイ事してねーし…。あー、でも動かねーんだから、 やっぱり俺のせいなのか…?!」 ゼフェルは何が何だかわからなくなって、自分の髪をグシャグシャと掻きむしる。 「あ゛ーーーっ、わかんねーーーっ!!」 叫びながら机の上に両足をドッカと振り降ろす。 すると、コンコン、とノックする音がしてランディが顔を出した。 「…ゼフェル? すごい声が聞こえたけど…、何かあったのかい?」 「えっ?! ラ…ランディ!!」 ゼフェルは慌てて机の上から足を降ろし、気付かれないよう散らばっていた時計や部品をを片付けようとした。 だが、ランディは机の上方につかつかと歩み寄り、その上のモノにめ目を止めた。 「ゼフェル、もう修理始めてくれてたんだね…!!」 「…お、おう…。何か、おめーの大事なモンだったみてーだし、ちょっと見た感じ簡単そうだったからよー…」 「そっか…。それで、どう? 直りそうかい?」 嬉しそうなランディの顔を見ると、ゼフェルは本当の事を言うかどうか迷った。 どのみち、この分じゃ誰に見せても結果は同じだろう事はわかっている。 今、言うべきか否か…。 「…あのよー、ちょっと言いにくいんだけどな…」 「えっ? 何?」 何の事かとランディはきょとんとゼフェルを見ている。 「…動かねーんだよ」 バツが悪そうにしているゼフェルをまだボケっと眺めている。 「えっ?」 「だから…っ、時計だっつーの。…止まったのは部品が摩耗してたからで、ソレを取り替えりゃ済む話だったんだよ。 だけどよ、何でかわかんねーけど…。動かねーんだよ…」 「……」 ランディは黙ったまま、時計を見つめている。 「ワリィ…。直してやるって言ったのにな…」 ゼフェルも、これ以上かける言葉が見付からず、俯いてしまった。 落胆したゼフェルの姿にやっと気付いたランディが、慌てて彼に声を掛ける。 「あっ…違うんだ、ゼフェル」 「え? …何がだよ?」 「この時計、爺さんの頃からずっと動いてただろ? 今まで頑張ってたんだなぁって思ってさ…、 ちょっと感慨に耽ってたって言うか…」 ランディの言わんとする事がイマイチ飲み込めず、ゼフェルは黙ったままじっと聞いていた。 「ゼフェルが部品を替えて、修理してくれたのに動かないってのは、そういう時が来たって事だと思って、ちょっと何て言うか…」 「…何だよ?」 「お疲れ様って思ってたんだ」 「…え?」  そう言ったランディの顔が、思いもがけず柔らかい笑顔だったのに、ゼフェルの心臓は少し跳ねる様な感触を覚えた。 「時計はちゃんとココにあるんだし、ゼフェルのおかげで部品も新しいし、また動き出すかもしれないだろ? …今は休んでるんだと思えばさ。ま、動く動かないは俺にとってあまり重要じゃないんだよな。 そりゃ、動いてくれた方が嬉しいけど、それだけじゃないからね。俺にとってこの時計は…それだけじゃないんだよ」 いつもの笑顔で話すランディのその顔は、強がりを言っている様にはとても思えず、ゼフェルも言葉が出なかった。 「これにはさ、いろんな人の思いが詰まってるんだよ。俺の家族のも、もちろん俺のも。それに、ゼフェルのもさ…?」 「なっ!!」 「だから、気にしなくていいよ。俺、本当に感謝してるんだよ? ありがとうな、ゼフェル」 「…参ったな」 「え? 何が、だい?」 「かなわねぇ、って思ったんだよ…」 何の事だかさっぱりわからないランディを他所に、ゼフェルは少し赤くなって続ける。 「おめーってさ、脳天気なだけだと思ってたけどよ。…何つーか、基本のトコはすげぇ強いんだよ。 守護聖になる時も、この時計の事も、よ。おめーはちゃんと現実を受け止めてやれるヤツなんだなって…」      「ハハ…。ゼフェルがそんな風に思ってくれてたなんて…すごく嬉しいよ、俺。ちょっと見直したってカンジかな?」 「あー…ま、まあな…」 「惚れ直した?」 ランディがひょい、とゼフェルの顔を覗き込むような仕草に、ゼフェルの心臓も再度跳ね上がり、思わず頷いてしまっていた。 「…ああ…、…って、オイ?!」 「本当かい?! 嬉しいなー!!」 「なっ何言ってんだよっ?! おめー頭おかしくなったんじゃねーのか?!」 「何って…、ゼフェル、今頷いたじゃないか」 「あっ、あれは不意打ちだっ!! …っつーか、何であんな事急に言うんだよ?!」 「えっ? だって、俺、ゼフェルの事好きだからだよ?」 ランディの突拍子の無い言葉にグラリ、と頭の揺れるゼフェル。 何だ? 何言ってんだよ? コイツは…。 「…何の冗談だよ?! ふざけるにも程があんじゃねーのか!!」 恥ずかしさを通り越して怒りが込み上げてくる。 俺の気持ちも知らねーで…許せねー…!!  「冗談なんかでこんな事言えるのかい、ゼフェルは? 俺、本気だよ。ゼフェルの事、すごく好きなんだよ…?  友達なんかの好き、じゃないよ。恋人にしたい、って好き…なんだよ? ゼフェルは…俺の事、キライ…?」 じっ…とゼフェルから視線を外さずに真剣な面持ちで答えを促す。 確かに、からかっている様子は微塵も見られない。 ランディのその瞳は熱を孕んでおり、外したいのにその視線から逃れられない自分が居る。 顔を赤くしながらも、言いたい事はキッチリ言う、この一見爽やか少年の、底知れぬ力を感じていた。 ゼフェルはやっとの事で硬直していた身体が動くのを確認すると、思いっきり息を吸い込んだ。 「そっ…」 「…そ?」 「そんな事、言えるかあーーーーっ!!」 叫びながらゼフェルは執務室を飛び出して行ってしまった。 「あ……本当に逃げちゃった…」 半ばジュリアスの言った事が当たったのをすごいなー、とぼんやり考えつつ、顔はにやけて来るのを止められないランディ。 「…いつもだったらすぐキライだって言い返すトコロなのにな…。あれじゃ好きって言ってるのと同じじゃんか。 バカだなあ、ゼフェル…」 ランディは机の上にあった時計を大事そうに握り締めると、ゼフェルの執務室を後にした。 ***** ―――――最近、いつも元気なランディが沈んでいる。 もちろん、原因はこの少年。 「ったくよー何なんだよ、アイツはよー!! 何の前振りもなく、いきなりオレにあんなコト言ってきやがってよー!!」 もちろん、先日のランディの告白の事である。 ――――――ここはルヴァの執務室。当然、オリヴィエもルヴァの隣でゼフェルの愚痴を聞かされている…。 「さっきから思ってたんだけどさ、ゼフェル?」 オリヴィエがこれ以上聞かされてはたまらない、と口を挟む。 「…何だよ」 「アンタ、一体何がそんなに気に入らなくて、怒ってるワケ?」 ルヴァがそれにうんうん、と頷いている。 「そうですねー、私も気になってたんですけどねー?」 ゼフェルは、うっと言葉を詰まらせる。 話は一週間前に遡る―――。 突然、ランディに告白されて、その場で答えを促されたゼフェル。 自分も素直に好きだとは当然言える筈もなく、逃げ出した。 それ以来、ゼフェルは何だかんだと理由をつけては執務室を留守にし、極力ランディと顔を合わさない様にしてきた。 元来ゼフェルは深夜に作業をする事が多い為、丁度その間にできる限りの執務も片付け、提出はルヴァに任せっきりにしていた。 どのツラ下げて会えっつんだよ。 当然、ランディは毎日の様に返事を聞くべくゼフェルの所へ通ったが、ここまで徹底的に避けられるとは思っておらず、 さすがにヘコんでしまっている、という訳なのだ。 ランディから事情を聞いた他の守護聖達も、彼らの事の成り行きを心配していた。 「…やはり、逃げたか……」 そうなるであろう事を当然の如く予測していたジュリアスも、あまりにも判りやすいゼフェルの行動に呆れながらも、 苦笑混じりに呟いた。 「……どうした、ジュリアス?」 急にソファーの隣に座っていたジュリアスが言葉を発したのに対し、クラヴィスは問掛ける。 「ん……? ああ…、ゼフェルの事だ」 クラヴィスはジュリアスの肩に腕を回し、その長く滑らかな金の髪を一房指に絡め取ると、そこにキスを落とし、 黙って続きを聞いている。 「…恐らくこうなる事は、私も判っていたのだが…。かれこれもう一週間にもなる。ゼフェルも執務は一応してはいる様で、 今迄黙認してきたが…。そろそろ他の者達にも示しがつかぬしな」 「……そんな事言って…。本当は二人の事が、心配なのだろう?」 「っ…!」 ジュリアスはクラヴィスの方へ振り向き、言い返そうとしたが、口を開いた隙に、唇を塞がれてしまった。 「んっ……!!」 いきなり深く舌を絡めとられ、呼吸も思うままにならず、ジュリアスはクラヴィスの胸をやっとの思いで押し退けた。 「ク…、クラヴィス…!!」 ほんのり頬を朱に染めてこちらを睨んでいる恋人の唇をクラヴィスはペロリ、と舐めた。 「!!」 「…お前も、損な性分だな……」 ぽつり、とその蒼く吸い込まれそうな程に美しい瞳を見詰めながらクラヴィスは語る。 「……? 何の事を言っている?」 先ほどの勢いも忘れ、首を傾げるジュリアス。 「…お前は自己にも他者にも厳しいが、その実、誰よりも他の者を気に掛けている…。だが、それは概ね伝わってはおらぬがな…。 まして、あのゼフェルが相手では…無理もなかろう…」 ジュリアスはクラヴィスの言葉に驚いていた。 思う程、この自分の恋人である男は無関心なフリをしていても、自分の事を誰よりも理解してくれていたのだと。 「……ジュリアス? どうした?」 暫し、固まってしまったジュリアス。 「…あ……ああ。クラヴィス…、そなた…」 ジュリアスの肩が僅かに震えているようだ。 「何故…それを執務の方に向けないのだ……」 ギロ、とクラヴィスを睨みつけた。 「…どうした? 私はちゃんとやっているだろう…? 期限も守っているし、…そんなに怒る程の事か…?」 しれっと答えるクラヴィスに、半分呆れながらもここで負けじ、とジュリアスも頑張る。 「そういう最低限の事を守るのは当たり前だろう…!! 私はもっと積極的に執務に対し、臨めと言っているのだ…」 久し振りのジュリアスのお小言に、うっとりとしながらも小言だけはしっかりスルーしているクラヴィス。 最近はあまり見なくなったこの顔も…なかなかにそそられる…。 「……! !クラヴィス…そなた、私の話を全く聞いてないな…!!」    流石は首座の守護聖。 伊達に長い付き合いはして無いと、彼にはやはりお見通しである。 「…落ち着け、ジュリアス。…わかった、私の本音はな…、今は普通にこなすだけで精一杯なのだ…」 「…何故だ?」 「またお前が一人で全てを抱え込まない様に見ている為だ。お前はいつも何でも自分一人で突っ走るクセがあるからな…。 良いか…、お前には私がいるのだ。それを、忘れるな…」  ジュリアスは頭を殴られた様な衝撃を受けた。 クラヴィス…。 この男がそんな事を考えていたとは……。 嬉しいやら、恥ずかしいやらで、ジュリアスはだんだん顔を赤くさせる。 「クラヴィス…。そなたがそんなに私の事を心配してくれていたとは知らなかった。 わかった、私もこれからは気を付ける事としよう。そなたの心遣い…感謝する」 はにかみながらも、言ってる事は硬いがそれでも笑顔で応えるジュリアスに、クラヴィスはもうメロメロだった。 肩に回してあった腕を腰まで下げ、ぐいっと抱き寄せる。 そしてもう一方の手で顎を掴み、上を向かせると視線を合わせ、瞳を覗き込む。 「っな…、…クラヴィス?」 「…私への感謝なら…言葉よりも態度で示して欲しいものだが……」 「っ!!」 この男は…。 こうなったら意地でも離さないのは判りきっている。 未だ、ジュリアスの方からキスを仕掛けた事がないのを暗に促しているだろう事もわかっている。 や…やるしかないのか……? 「…わかったから、この手を離して…。目を閉じろ」 観念したのか、思いがけない言葉が返ってきたのに、クラヴィスは内心驚いていた。 言ってみるものだ…な。 クラヴィスは言われるまま、ジュリアスの腕を解き、瞳を閉じる。 ジュリアスは立ち上がり、クラヴィスの肩に手を掛け、そのまま顔を近付ける。 ジュリアスの吐息がかかるほどに近付いたのを、自分の肌で感じたその瞬間。 クラヴィスが待ち侘びていたその場所ではなく、想像もしていない所へ軽い痛みが走る。 「……!!」 早足で扉の方へ逃げるジュリアスを、少し涙でにじんでいる瞳で追う。 「…あまり、調子に乗るな……」 真っ赤な顔で一言そう言うと、ジュリアスは出て行ってしまった。 「………甘かったか…」 ―――クラヴィスは、ジュリアスに噛まれた鼻を押さえながら、苦い表情で呟いたのであった…。 ***** 「お、俺はっ、…ただ…」 一方、こちらはルヴァの執務室。 ニヤニヤして自分を見ているオリヴィエに、タジタジになっているゼフェル。 「ランディにいきなり告白されたのが気に入らないの?」 それは…ある…かも。アレはマジでビビったし…。 「それとも…☆ 自分から告白したかったとか…?」 ……!! んなワケ、あるか!! 「ああ、チガウよねぇ、ゼフェルはランディがキライなんだよね? あれだけ怒るんだから、コレしか当てはまらないよねぇ…?」 「…っ!! ちがっ…」 焦ってとっさに出てしまった言葉に、ゼフェルはかあっと赤くなりながら口を手で押さえた。 「……ふーん? チガウんだ?」 オリヴィエは楽しそうにゼフェルの赤い顔を覗きこんだ。 ルヴァは相変わらずニコニコとその様子を眺めている。 やっぱりオリヴィエには誰も敵いませんねー。 ゼフェルも素直に自分の気持ちを認めてしまえば、楽になるのですけれど…。 頭からシューシューと湯気を出しかねん勢いのゼフェル。 それまで傍観を決めこんでいたルヴァが、ようやく口を開く。 「ゼフェル、貴方は一番大事な事を忘れてはいませんか…?」 くる、とルヴァの方に顔を向けるが、その顔は赤いだけで何もわかってない様子だ。 「…ゼフェル、あなたの気持ちですよ?」 「そっ。私達には言わなくてもいいケドさ、自分がランディの事どう思ってるのかって事位、わかってるんでしょ?」 「………」 ゼフェルは黙ったまま、動かない。 「……ねぇ、あんたに告白してきたランディの気持ちも真剣に考えてあげなよ? ゼフェル、あんただったら、逆の事できた?  ランディが冗談であんな事言うコじゃないって、ちゃんとわかってるんでしょう?」 「…っ…それはっ…。わかってるけどよー…」 オリヴィエの言う事はいちいち正しくて。 ゼフェルとて、そんな事位わかっちゃいるのだ。 ただ、どう接していいのか、わからないだけなのだ。 勿論そんな事くらい、オリヴィエもルヴァも承知の上だが、ここはゼフェル自身に腹を括ってもらわないと、 ランディも浮かばれない。 「…無理をする必要はないんですよ。自分が相手を想っている事を伝えられれば、それでいいんですからねー?」 ゼフェルにとってはそれが非常に困難である事も、今はそんな事を言っていられない。 「……まっ、良く考えな。自分がどうしたいのか。待たされてる身にもなってごらん?  …イエスでも、ノーでもはっきり答えてやんなさいね」 オリヴィエはそう言うと、まだ煮えきらない態度のゼフェルを執務室から追い出そうと扉を開ける。 そこには―――――。   「あら、ジュリアスじゃないの、めっずらしー?」 恐らくここで愚痴っているであろうゼフェルを探しにやって来たのだった。 「オリヴィエ…ゼフェルは、いるか?」 ヒソヒソと小声で話すジュリアスに、オリヴィエもピンときたらしく、同じく小声で答える。 「ええ、いるわよ。心配して来たんでしょ? もうランディの所へ行かそうかと思ってたトコなんだケドね」 「……そうか。…わかった、私が連れて行こう」 ジュリアス意外な発言にオリヴィエもびっくりする。 「へ、え…。ジュリアス…あんた…、変わったねぇ…? ふふっ、でも、そんなあんたもすごくステキだと思う☆」 オリヴィエは悪戯っぽくジュリアスにウィンクをする。 ジュリアスは黙ったまま、柔らかな笑顔でそれに応えた。 …!! うわぁ…。 ちょっと…、コレ…?! 何だかドキドキしちゃうよ…。 初めて見るジュリアスの表情に、ちょっとトキメいてしまったオリヴィエ。 「あっ…、そうだ、ねぇ? ランディは大丈夫なの? あのコ…相当しおれてるでしょ?」 「ああ、心配ない。オスカーをやってあるからな」 「……へーぇ、やるねぇ…。わかった、ゼフェル、持ってってちょうだい!」 くるりと振り返り、ゼフェルの方へ行くと、ガシッと腕を掴み、ジュリアスのいる扉まで引っ張って来た。 「おっおい?! 何すんだよ!!」 「ハイ、よろしくねぇ☆」 ゼフェルの背をドンッと押し、 「頑張ってねぇ〜☆」 と、オリヴィエはアヤシイ笑みを浮かべ 、扉はバタンと閉じられてしまった。    そこにはジュリアスとゼフェルの二人…。 怪訝な顔をしてジュリアスを見上げるゼフェル。 「……何であんたがココにいんだよ……」 「お前を迎えに来たからだ」 「へっ? ジュリアスが、? 何を? 何だって??」 キツネに抓まれた様な状態のゼフェルを見て、フッと笑みを零すジュリアス。 「………行くぞ……」 ジュリアスは、呆けたままのゼフェルを促し、歩いて行った。 …今、コイツ、笑った…よ…な…? 何…が起こったんだよ…? 訳のわからないままついて行くゼフェルであった。 オ・マ・ケ♪ 直後のルヴァの執務室内にて…。   「…おや? どうしました、オリヴィエ? 少し顔が赤いですよ? 熱でもあるんですかねー?  えっと……体温計はどこでしたかねー??」 慌てて探しに行こうとするルヴァを止める。 「あっちょっと、違うの、ルヴァ。実は今ね…」 さっきの出来事を説明する。 「―――そうですか、ジュリアスが…」 「そうなの。あの顔、ルヴァにも見せたかったよ!! 本当、すごくステキだったんだから。実際、グラッときちゃったよ、私…」 遠くを見ながら再びポッと頬を染めるオリヴィエ。 「オ…っオリヴィエ? まっ、まさか…ジュリアスに……?!」 真剣に慌てだすルヴァに気付き、オリヴィエもマズイ、と思い訂正する。 「やあね、ルヴァ。そんな事言ったら私、クラヴィスにコロされちゃうよ。安心して、私はあんたしか見ていないから、ね?」 ルヴァの手を取り、ちゅ、とその手にキスをする。 ちょっと涙目になってきているルヴァに、少しやりすぎたかな、とオリヴィエは反省した。 「…ゴメン、ね? ルヴァ…」 オリヴィエは向かい合う様にルヴァの膝に跨り、腕を首に絡め再びキスをした。 ルヴァは少し驚いた様な顔をしたが、すぐにオリヴィエの腰に手を回し、何度も口付ける。 「…んっ……ん…」 「……あまり、私を驚かせないで下さいね? 私はあなたがいないと生きていけませんから」 「……うん、わかってる。……って!? ルヴァ、ちょっ…どこ、触ってんのさ!?」 キスをしている間にルヴァは服を半分程脱がせてしまっていたのだ。 「あっ…んっ…やめてっ……ぅん…ちょっ、と…」 首から下へ這わされる唇に、オリヴィエの力が抜けてくる。 「…ダメですか? あなたが私のモノだって事を確認したいだけなんですけどねー…」 そんな事を言いながら手は休まずに体中を愛撫し続ける。 「ぅん……あっ…、やっ…あ…んんっ…」 すっかり息が上がってしまったオリヴィエ。 ここでやめられても、かえって辛い。 「……もう…ここまでしておいて、私の許可が必要なワケ?」 「もちろんですよ? 無理強いはいけませんからねー?」 …言ってる事とやってる事が違う様な気もするが、オリヴィエはここでは深く考えない事にする。 「わかったよ。でも、ココじゃイヤだから、ね?」 「ええ、では奥の部屋へ行きましょうか」 奥に仮眠用のベッドがある部屋へと二人は消えていった。 もちろん、1回や2回で済まされず、オリヴィエは散々鳴かされるハメになったワケである…(笑)。 ***** ジュリアスとゼフェルは宮殿内の廊下を歩いていた。 何でこんな事になってるのか、さっぱり理解できていないゼフェルを余所に、スタスタと前方を歩いて行くジュリアス。 ふと、ピタっと立ち止まり、ゼフェルが追い付くのを待った。 「…? 何してんだよ…?」 怪訝そうにジュリアスの横まで歩いて来たゼフェルに向き合い、口を開いた。 「ゼフェル……」 「…何だよ」 「…お前の、思う通りにすると良い。だが、後で後悔するのは自分だという事を、良く考えるのだ」 「……なっ!! 何だよ、ソレっっ!! 知った風な事言ってんじゃねー!!」 ゼフェルは一気に怒りを爆発させた。 しかし、ジュリアスは態度をたしなめるでもなく、言葉静かに続ける。 「私も……お前と、変わらぬ…のだ」 「……はぁ? …どういう事だよ?」 いつものジュリアスらしからぬ態度に戸惑うゼフェル。 普段なら、こんな物言いはしない人間だ。 もっと、理路整然と追い詰めて、退路を断つ位の話し方をする男だ。 ゼフェルは何だか調子が狂ってしまった。 「…自分の頭で考えるより、心の方が正直だという事を、私は身をもって知った。どうしたいかとは、心が知っているのだ。 余計な見栄や意地を張ると、大切なものを失う事になる。…心の感じるままに動き、それで得た結果なら、良くも悪くも、 後悔はしないのだ。」 ゼフェルは自分の耳を疑った。 目はこれ以上は開かない程に見開き、同様に口も開いたまんまだ。 ―――――今、俺はワリィ夢でも見てんのか……? 「ジュリアス……? おめー…、本当にあの…ジュリアスなのか…?」 ゼフェルの問いかけに答えず、また歩き出すジュリアスを慌てて追い掛ける。 「ちょっ……ちょっと待てよ。…何だよ、どうしたんだよ?」 ジュリアスはもう黙ったまま、ある部屋の扉の前まで来ると、くるりとゼフェルの方へ向き直る。 ゼフェルもワケがわからずに、そこで止まらざるを得ず、ジュリアスの顔をじっと見上げる。 「…ここの扉を開けるか否かを決めるのは、お前だ…」 「はぁ? ここ? …ここって…」 キョロキョロと見回すゼフェル。 いつもより様子のおかしいジュリアスについて行くのが精一杯で、周りを見ていなかったらしい。 「ゲッ!! ココ、ランディの部屋じゃねーか?!」 …ってコトは、ジュリアスがわざわざルヴァのトコから俺をココまで連れて来たってのか…? あ…有り得ねー!! いつものジュリアスならぜってーこんなコトしねー!! っつーか、マジでコイツ、誰だ?! ゼフェルがぱくぱくと言葉が発せない様子をただ黙って見ていると――――。 ガチャリ、とその扉が開いた。 二人ははっとしてそちらへ顔を向けた。 「…オスカー」 「ジュリアス様…? どうされましたか?」 「ああ、ゼフェルをここまで連れて来たのだが…」 ジュリアスの言葉に初めてオスカーはゼフェルに気が付き、視線を遣る。 「……ああ、いたのか? 小さくて気が付かなかったぜ?」   何故かいつもより刺のあるオスカーの言葉に、ゼフェルもカチンときた。 「あ゛ー?! うっせーんだよ!! このオッサン」 「「オ…オッサン?!」」 ゼフェルの悪態にちょっぴり傷ついた風の二人。 一方、その怒鳴り声に反応する者一人。 「ゼ……ゼフェル……?」 一週間振りに聞く、想い人の声。 ランディは瞬きをするのさえ忘れ、部屋の中に立ち尽くしていた。  話は今から約1時間程前まで遡る――――。 「……よう、ランディ。生きてるか?」 ランディの執務室を訪れたのはオスカーだった。 「あ……。オスカー様……」 「……大分参ってるみたいだな?」 「一人でいると…いろんな事考えちゃうんですよ…。こんな事になるなら、告白なんてするんじゃなかったな…、ハハハ……」 力無く笑うランディに、オスカーは胸が痛んだ。 「あ、でも、執務はちゃんとやってますから大丈夫ですよ?」 心配させまいと明るく振る舞おうとするランディがあまりにも健気で、オスカーもかける言葉を一瞬失う。 「……いいから、俺の前ではそんな無理はするな。吐き出したい事があるなら、全部俺に言ってしまえ。…お前、壊れちまうぞ?」 オスカーは心配しながらも、強い口調でランディを諭す。 強がってはいるが、実際彼も限界が近いのだろう。 近くで見ると疲労の色が濃く出ている。 恐らく夜も満足に眠れていないのか、クマもうっすらとできている。 「…すみません、オスカー様…。ご迷惑をかけてしまって…。でも、俺、言わずにはいられなかったんです。 だけど…やっぱり、ダメだったのかな…?」 オスカーは黙ってランディの顔をじっと見ている。 「つい、勢いで言っちゃったんですけど、俺……本気だったんです。でも…ゼフェルには伝わらなかったみたいで、 後でもっとちゃんと言おうとしたんですけど。…俺、避けられちゃってるし…どうにもできなくて」 「本当に伝わらなかったと思うのか?」 オスカーに聞かれ、ランディは戸惑った。 「…え? …あ、だって…そんな風でしたし、他に理由が思いつかないし。あ、でも…?」 「ん?」 「本当は…嫌われたんじゃないかな…。いきなりあんな事言った俺を怒ってるんだと思います…」 ……ダメだ。 相当なダメージだな…。 ゼフェルの奴め。   「いいか、ランディ。よく聞くんだ。ゼフェルはお前からも、自分の気持ちからも逃げ出したんだ。向き合う事をせずに、 真っ先にな。ゼフェルの口から答えを聞くまで考えるのは一切無駄な事だぜ」 「…え? で、でも…」 「いいから聞け。ゼフェルから話しに来るまで、お前はもう絶対に動くな。何も考えるなよ?」 何故そんな事を言われるのかさっぱりわからなかったが、ランディは素直に頷いた。 「……お前、あのゼフェルを相手によく頑張ったな。…今度はアイツが腹をくくる番だ…」 と、オスカーは意地の悪い笑みを見せた。 そして現在。 廊下にはジュリアス、ゼフェル、オスカーの3人。 オスカーは出てきた扉を閉め、気を取り直してゼフェルに話す。 「…ゼフェル。俺は一度しか言わないからな?」 「な、…何だよ?」 「お前はいつまで逃げ回ってるつもりか知らないが、ランディの気持ちがまだ自分に向き続けているなんて、 甘い事考えてるんじゃないだろうな? お前にその気が無いのなら、俺が貰っちまうぜ? 言っておくが、俺は本気だからな。 遠慮も容赦も、待ったもナシって事だからな?」 いきなりのオスカーの言葉に目を丸くする、ゼフェルとジュリアス。 「どうするんだ? ん?」 どうやらオスカーは冗談を言っている訳ではなさそうだ。 「自分の気持ちさえはっきりしているのなら、お前のやるべき事は一つしか無いんじゃないのか?  …ま、お前がそれをしないのなら、俺にとっては願ってもない事だがな」 ニヤリ、と意地の悪い笑みをゼフェルに向ける。 ゼフェルは言い返す事もしなかった。 ただ、じっとオスカーを睨み続けていた。 「……俺の言いたい事はそれだけだ。じゃあな…?」 オスカーは踵を返し、去って行った。 その姿をまだ睨み続けているゼフェルを見て、ジュリアスはやれやれ、と溜め息をついた。 オスカーも遣り過ぎだ…。 「…ゼフェル」 ジュリアスの声に、はっとした様に振り返った。 「ゼフェル、皆、お前達の事を心配している。無論、私も、オスカーもな。言葉云々はどうであれ、その事だけは、忘れるな」 「え…?」 ジュリアスはそれだけを語ると、自分の執務室へと戻って行った。 「何だよ…何なんだよ、一体…」 呆然と暫くゼフェルはそこに立ち尽くしていた。 ***** 〜番外編〜 この直後の、クラジュリサイドのお話を斬りリクにて書かせて頂きました。 興味がおありの方は、ポチッとな♪ ☆イノシシとオニ。番外編☆ ***** ―――ゴクリ。 自分の喉の奥が鳴った。 どこへ何をしに行くべきかは十分にわかっている。 だが、思う様に足が動かない。 …こんなに緊張するなんて。 アイツは、俺の何倍もこんな気持ちでいたのかな…。 ゼフェルは気合いを入れる為、頬をペチっと叩いた。 「…よし、行ってやるぜ……!!」 ガチャ。 勢いあまっていきなりノックもせずに扉を開けてしまった。 当然、中にいた主も、闖入者も目を合わせて固まった。 「げっ?!」 やっちまった…。 「えっ…? …ゼ…、ゼフェル?!」 「えっ? あっ…よ、よー…、ランディ…」 …シーン。 なんともいえない、微妙な間。 「あ…わ、わりー…。ノックもしねーで…邪魔しちまったな。…何か忙しいみてーだし、…出直してくる…!!」 慌てて引き返そうとするゼフェルを、ランディはこれまた慌てて引き止めた。 「あっ!! ゼフェル!! 待ってくれよ!!」 机の上に片手をつくと、ひょいと飛び越えてゼフェルの所まで走る。 固まったままのゼフェルの手をそっと握ると、ランディははやる気持ちを抑えながら言った。 「……ずっと…。俺の事、避けてただろ…? …俺、ゼフェルに嫌われる様な事しちゃったと思って、後悔してたんだ…。 本当に…ごめんな?」 「……なっ…?! 何で…、おめーが謝んだよ!? 何考えてんだ?」 「えっ? だ…だって…」 「……謝るのは……。俺の方だろ…」 消え入りそうな程に小さく、そして今にも泣きそうな声でゼフェルが呟いた。 「…ゼフェル……?」 急に項垂れてしまうゼフェルが心配になり、彼の顔を覗こうとしたが思い直し、 「…あの…ここだと…。中、入ろう?」 握っていた手にきゅっと力を込め、ゼフェルを室内へと促した。 黙ってゼフェルはランディの後をついて行く。 「ここ……座って?」 ソファーにゼフェルを座らせ、その隣に自分も膝をつき合わす様に腰を下ろす。 ゼフェルは膝の上で両手に拳を握り締め、うつむいている。 暫しの間、お互い何も喋らなかった。 …オスカー様に言われてたしなあ…。 でも俺、こんなに緊張するのって初めてかも…。 あまりの気まずさに…何かヘンな事口走っちゃいそうだよ。 そんな事を考えながらランディは隣にハッと気付き、ゼフェルに意識を集中させようと頭をブルブル振った。 「……?」 隣でまるで犬の様に頭を振るランディに、びくっとするゼフェル。 「あ……いや…、何でもないよ?」 さっきとは違った微妙な間が流れる。 ゼフェルも耐えられなくなったのか、重い口をようやく開いた。 「…おめーってよ…何でいつもそーなんだよ? 俺はそれでいつも驚かされて、頭真っ白になっちまうしおめーはおめーでよー…。 悪くないのにすぐ俺に謝るったりするしよー…。どうしていいか…わかんねーんだよ!!」 胸に痞えて(つかえて)いたものを吐き出す様にゼフェルは一気に喋る。 「あ…あの? ゼフェル…? もう少し、俺にわかる様に話してくれないか?」 「何でわかんねーのがわかんねーんだよ!?」 「えっ? なんだって? わかんないって…??」 全く要領を得ないゼフェルの言葉は、ランディには難解過ぎるだろう。 ゼフェルは大きく息を吐き出しながら肩を落とし、手足をソファーにだらり、と投げ出した。 「…わりー。何か…俺もテンパってるみてーだ…」 ランディはああ、と思った。 自分だけでは無いのだ。 いきなり告白されて、戸惑って、いろんな事を考えて…。 でも、ゼフェルはここに、自分の元へと来てくれたのだ。 「ご…っ、ごめん…。俺も何か…焦ってるみたいだ。でも…あのさ、この前ゼフェルに言った事、本気だったんだ。 あんないきなりで、ゼフェルの事も考えないで…さ。ダメだなぁ、俺。思ったらすぐに言いたくなっちゃったんだ。 いつもそれで失敗するのに…何でこうなっちゃうんだろう…?」 ゼフェルは一つ溜め息をつくと、少し照れた様な口振りで言った。 「…んなの、わかってるっつーの…」 「…えっ? 何?」 今日のゼフェルの言葉はいつものソレより更にわかりにくい。 「だから…、…そのっ…。おめーが冗談であんな事っ…、言う訳ねーって…」 思い出すだけで顔から火を噴きそうになる。 「ゼフェル…?」 「今日…いろんなヤツに、おめーとの事を色々言われたんだよ。…心配してるとか何とか言ってたけどよー…。 まー、言ってるコトはわかんだよな。だけど俺は…」 そこまで言うと、口をつぐんでしまった。 ランディはその様子をただ静かに眺めていた。 本当は、聞きたくない。 拒絶されたら、自分はどうなってしまうだろう。 告白してしまった今、元の関係を保てる自信なんか無い。 ……いっその事、あの告白をなかった事にしてしまおうか……。 そんな思いがランディの胸の中を駆け巡る。 黙っていたゼフェルが急に立ち上がり、両手で髪を掻きむしった。 「あ゛ーーっ!! ダメだっ!! 俺は考えんのは苦手なんだよっ!!」 「ぅわっ?!」 隣で座ったまま後ろ手をついてのけぞってしまっているランディの方へ向き直り、ゼフェルはキッと睨むと息を深く吸った。 「俺はっ、1度しか言わねーからなっ、よく聞いとけよっ!!!」 よくわからないが、ランディはこくこくと目を丸くしながら頷いておいた。 「…俺は、……俺はおめーの事が好きなんだよっ!!」 何故そこでキレるんだよ、ゼフェル…。 「ゼっ…?!」 「……おめーに言われて、ホントは嬉しかったんだけどよー…。いきなりでどうしていーかわかんなくなっちまってよー…。 その…なんだ…、悪かった、な…」 言うだけ言うと、今度は空気の抜けた風船の如く萎れて再び音を立ててソファーに沈み込んだ。 頭を開いた膝の間に挟み、両手で抱え込む。 腕の隙間から覗くゼフェルの耳は真っ赤に染まっており、項までもがその色に変わっていた。 「あ゛ーー、もう……何でこんなこっ恥ずかしー事…俺が…」 ランディは嬉しさのあまり、プルプルと震えていた。 オスカー様が言ってたのはこの事だったのか…。 考え込んでしまっていた自分がバカらしく思える。 頭を抱え込んでいるゼフェルの手にそっと触れながら、ランディは言葉をかける。 「ゼフェル……、本当に? 俺、ゼフェルの事諦めなきゃいけないって…思ってたんだよ…?」 ゼフェルの手を握っていたランディの掌に力が入る。 すると、ゼフェルは驚いてガバッと上体を跳ね上げた。 やはり顔は赤くしたままで、困惑と怒りが混じったその燃える様な瞳でランディを見据える。 「……なっ?! 何でそーなんだよっ?! おめー、俺の性格、わかってんだろ?!」 「……うん…。だけど、やっぱりあそこまで避けられちゃうとさ、いくら俺でもヘコむって…」 ちょっと寂しそうに呟くランディに、ゼフェルも小さくなってしまった。 「…あっ、でも、恥ずかしかっただけなんだよな、ゼフェルは?」 さっきとはうってかわって、ニヤついた顔でゼフェルを覗きこむ。 「っ〜〜!!」 顔を見れば一目瞭然。 図星、以外の何物でもない。 「……なあ、ゼフェル? キス…、していい?」 本当に嬉しそうに尋ねてくるランディに、ゼフェルは口を両手で押さえ、プルプルと左右に首を振りながらずるずると ソファーの端まで後ずさる。 ランディもその後をじりじりと間合いを詰め、ソファーの肘掛けまでゼフェルを追い詰めた。 「……ねぇ、……ダメ?」 首を傾げ、甘える様に聞いてくる。 …しつこいっての!! 相変わらず首を振りまくってるが、ちょっと涙目にもなっていたりして。 そんな目をされたら、ランディじゃなくとも余計にしたくなるというもの。 「……ふーん? でも、俺には誘ってる様にしか見えないんだけどなぁ…」 びっくりしてゼフェルは反論すべく、口から手を外し文句を言う筈………だったのだが。 それをランディが見逃す訳がなく、すかさずその唇を奪った。 一瞬二人とも意識が飛びそうになる。 もちろんランディは幸せ過ぎて。 一方、ゼフェルはいきなりの事に頭が真っ白で。 思ったよりランディの唇はすぐ離れて行った。 だが…ゼフェルの意識はまだ帰って来ない。 「……ゼフェル…、イヤだった…?」 ランディが心配そうに尋ねると、はっとしたように瞳に力が戻った。 次の瞬間、火がついた様に怒鳴り出した。 「イヤっ…って、俺はっ、拒否しただろっ?!」 「だから、してみて、イヤだったのかって聞いてるんだよ。ねぇ、どうなんだい?」 「んなっ?! 何でっ、おめーはそーゆー恥ずかしい事を平気で言うんだよっ!!」 「だって、言ってくれないとわからないじゃないか。俺、ゼフェルとキスして、すごく幸せだったんだけど?」 あんまり本当に幸せそうに言うもんだから、ゼフェルもすっかり毒気を抜かれてしまった。 「好きな人とするキスって、こんな気持ちになるんだって俺、初めて知ったよ」 「って…、どんな気持ちだよ…?」 「聞きたい?」 「…いや、イイ…」 「教えてやるよ」 ランディはゼフェルの首の後ろを掴むと、ぐいっと引き寄せた。 自然にゼフェルの手がランディの胸に添える形になる。 その顔の近さにゼフェルはギクリ、とした。 至近距離で初めて見る、相手の顔に鼓動が早くなる。 すると、ランディの瞳が妖しく、そして熱っぽく光る。 「……すごく気持ち良くて、何度だってしたくなるんだよ」 そう言ってゼフェルの唇を舐めた。 「おっ…、おいっ…!!」 文句を言われないウチに、またその唇を塞ぐ。 今度は、無理矢理歯列を割り、やや強引に舌をを差し入れる。 ビク、とゼフェルの肩が震え、必死で逃げようとする舌を追い、執拗に絡めとる。 次第に押し退けようとするゼフェルの手から力が抜け、胸に宛てられてた掌はランディの服をぎゅっと握り締めていた。 な…何で…俺の手、力が入んねーんだ……? ゼフェルは拒むどころか、ランディの舌の動きに翻弄されていた。 頭の中まで痺れる様な味わった事の無い快感に戸惑うばかりで。 思考する能力は既になくなり、ランディのキスに応えるのに必死だ。 「うっ……んっ……ふっ……んん…っ…」 自分の声とは思えない甘い息が鼻から抜けてしまう。 それにさえゼフェルは追い詰められてゆくのを自覚する。 ランディはゼフェルが抵抗しなくなったのを確認すると、今度はゼフェルの頬、首筋、肩へと手を滑らせてゆく。 まだキスに夢中になっているのを良い事に、鎖骨をなぞり、胸をまさぐる。 さすがにそれにはゼフェルも驚き暴れ出す。 唇が離れ、息もたえだえになりながらゼフェルは抵抗するのだが。 「ちょっ……おいっ…ランディ…っ!! やめ…ろ…って、…んっ……やっ?!」 顎を伝うどちらのともいえない唾液を舐めとり、その唇は下へ下へと下がってゆく。 首筋に強く吸い付き、そこに赤くうっ血の痕が残る。 「…あっ……いっ…て…、何…すん、…だよ…?」 チリ、とした痛みにゼフェルは眉しかめる。 「…ん? …俺のモノだって証だよ…?」 インナーの裾を捲り上げ、想像していたよりも滑らかで吸い付く様な肌に手を這わせる。 「ラ…ランディ!? おいっ…、マ…マジで……やめろって…!!」 「…イヤ? 俺は…ゼフェルにもっと、触りたい…」 「やっ…、ダメだ……って、言って……んっ、だ…ろ…」 脇腹から上へと手を滑らせると、胸の突起にランディの指がかすめた。 「…っ…あっ…?!」 「ゼフェル、感じているんだろ…? 乳首、固くなってるよ…?」 そう言うと、口に含み強く吸い上げる。 「あっ…!! …や……やめ…っ!!」 既に赤く、固くなっているもう片方の突起にも指を宛てがい、こねまわしたり摘んでみたり、執拗に攻める。 「やっ……ランディ…っ…やめろ…んっ…って…」 肌はしっとりと汗ばみ、ほんのり紅く染めて必死に悶える姿にランディの熱も煽られてゆく。 ランディがゼフェルのベルトに手をかけたその時、ゼフェルはぐいっと慌ててランディの胸を突き飛ばす。 びっくりしてランディは目を見開く。 「…ゼ……、ゼフェル?」 「…こ…っ、このままいくと、…俺がっ…」 「何だい?」 「…俺が……ヤられる……のか…?」 「……ダメ?」 「………っ!?」 ゼフェルは乱れた衣服を慌てて直すとソファーから飛び降りる。 「そんなんダメに決まってんだろっ!!」 「…でも、俺が受けってのも…なぁ……」 「……うっ…」 ゼフェルも想像してしまい、真っ赤になって言葉に詰まる。 「…俺は、おめーとは…ぜってー、しねーからなっっ」 「ええっ?!」 ゼフェルはそう叫ぶと、部屋を飛び出して行ってしまった。 また置き去りにされたランディ。 「ま…また逃げちゃったよ…」 そう呟きながらも先程の愛しい恋人の唇の感触を思い出し、自然と頬が弛んでくるのを止められない。 「でも、ゼフェルも照れているだけだろうし、ここはじっくり攻めないと、ね?」 ランディは嬉しそうに笑った。 「…………。恥ずかしい事ばっかりしやがって…!! ランディのヤロー、覚えてろよ…。そう簡単にはヤらせねーからな」 …ま、キスくれーは…しょーがねーけど…よー…。 やっぱりランディの思う通り、満更でもないゼフェルだったりするのであった。 ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆