「ああ、。良い所で逢ったね」

「セイラン様、こんにちは。今日はこれからどちらへ?」



ある夏の日の午後。

聖獣の宇宙の宮殿の廊下で、は緑の守護聖セイランと出逢った。

思わぬ所で愛しい人と逢えたは、その桜色の頬を更に鮮やかに染め、目の前の恋人に微笑んだ。

と、いつもならここで少しだけ、二人の間だけの会話が始まるはずなのだが、彼からはその気配が無い。

不思議に思ったがまじまじとセイランの姿を眺めると。

何やら彼は大き目の紙袋を抱え、少々眉間に皺を寄せていたように見えたのは、彼女の気のせいだったのだろうか。

彼の方からかけてきた声音は、の予想を裏切る機嫌の良さで。

にっこりとセイランに微笑まれた瞬間、つられるようにも零れるような笑顔で彼に応えたのだ。



「いや、別に何処へと言う訳でもなかったんだけどね。丁度良い所で君に逢ったから、僕の用事はほぼ済んだのと一緒なんだよ」

「…はあ?」



額に掛かった髪を何時もの流れるような仕草で、セイランはの問いに対しこう答えた。

彼の言わんとしている事を理解しようとは務めたのだが、やはり意味がわからず首を傾げたと同時に間の抜けた声が出てしまった。



「…君に、コレをあげる。僕も断り切れなくて貰ったはいいけれど、どうしようか迷ってたんだ」

「えっ…? な、何ですか、コレ?」



不思議そうにしているに気を留める様子も無く、セイランは両手に抱えていた紙袋を彼女にやや無理矢理押し付けるような形で持たせた。

それは見た目よりも重さがあり、持った感触は丁度米袋か蕎麦殻の枕、と言った所だろうか。

その紙袋の素材は丈夫な物で出来ており、口は何重にも折られている。

一体中身は何だろうか。

自分で見るよりも訊いたほうが早いと判断したは、素直に疑問をセイランにぶつけたのだが…。



「ああ、遠慮はいいから。こういうのは僕が貰うより、女のコの方が喜ぶだろう?」

「え? え? あの…、遠慮、じゃ無くてですね…」



が言葉にする前にセイランから畳み掛けるように言われてしまい、彼女は何時になく強引な素振りを見せる彼に混乱していた。

中身が何なのかまだ不明なままだが、セイランの口ぶりではそんなにおかしな物ではないようだとは思った。

ただ、セイランの態度が見せる、所謂『厄介払い』したがる物とは、には想像が出来ない。

何度もセイランと自分の手に持たされた紙袋とを、の視線が往復していると、ふっと柔らかく微笑んだ音が彼から薄く聴こえた。



「…返品は不可だからね? 大事にしてくれると嬉しいな」

「ちょ、ちょっと、セイラン様?! コレの中身を教えて下さいよ!?」

「じゃあね、

「あ…っ?!」



やはりの問いには答える気が無いのだろう。

セイランはに別れの言葉を掛け、擦れ違い様にそっと彼女の頬から耳朶へと指が掠めて行ったのだ。



「セ、セイラン様…っ!!」

「………」

「……え?」



真っ赤になってセイランに抗議の声を上げたの耳に、小さく聞こえてきた彼の呟き。



「…何だったのかしら、今の…?」



『リスじゃあるまいし』



確かにそう聴こえたのだ。

は更に訳がわからなくなって、最初に出会った時の彼のように眉間に深い皺を刻んでいた。



「…あ。そうか、中身を見ればいいんだわ。何だか一瞬の内にすごい謎に襲われて、忘れちゃってた…」



は自分が持っていた紙袋に漸く気付き、一人で何かに納得したかの如くうんうんと頷いた。

ガサゴソと紙の擦れる音。

この袋はやけに縦長だったらしく、折られた口をすべて伸ばしてみれば、抱えたままでは中身を覗くことが出来なかった。



「あらあらあら…。一体何が沢山入ってるのかしら? 大事にしまってあるって感じね。でもセイラン様が貰って困る物、なのよね…」



よいしょ、と止む無く廊下に紙袋を下ろし、はずっと気になっていたその中身を覗いた。



「あれー、? 君もマルセル様に貰ったの、それ?」

「え? え?!」



紙袋を覗き込んだ瞬間、背後から大きな声で名指しで呼ばれてしまった

驚き慌てて体を振り向かせると、ニコニコと嬉しそうに微笑むメルの姿。

そして、彼の腕には、見覚えのあり過ぎる紙袋が一つ…。



「あ、メル様…。あの、その紙袋の中って、ひょっとしてコレと同じなんですか?」

「うん、そうだよ。さっきマルセル様が来てね、皆に配ってたよ。だけどこんなに貰っても、量が多過ぎてどうしようかって皆困っててね」

「多過ぎて、ですか?」



確かに見た目ほどは重くは無いが、大きさ的には結構なもので。

メルの『皆困ってる』という言葉に、はやはりセイランに押し付けられたのだと理解する。



「あれ? 、この中身、見たんじゃないの?」

「ええ、さっき見ようとした時、ちょうどメル様にお会いしたので、まだ…」



首を傾げて微笑むに、メルが苦笑いを返す。



「そっか。じゃ、見てご覧よ? きっと驚くよ?」

「はい」



促されたが、素直に再び先程開けた紙袋の口を覗き込むと…。



「あ…! コレ、向日葵の種、ですね!」



が袋の中に手を入れ、自分の言葉を確かめるように掌で一掬い、向日葵の種を乗せて目の前に掲げた。

それは見覚えのある、雫の形をした、黒と白の縞模様のコントラスト。

も子供の頃にこの向日葵の種を植え、夏の終わりにその見事に咲いた花から種を収穫した記憶が蘇る。

太陽を追いかけるその名の通り、大輪の向日葵の花はの好きな花の一つだった。

も毎年、その種を友人に分けたものだ。

尤も、こんなに大量ではなかったのは言うまでも無い。



「そ。っていうか、マルセル様、どれだけ植えたのかなあ? こんなに一杯の種、尋常じゃないと思わない?」



半ば呆れたような調子で言ったメルの言葉に、も少しだけ同意した。

確かに向日葵は一つの花から沢山の種が出来るが、こうして聖獣の宇宙にまで配りに来るのだ。

相当な数の花を植えたに違いない。



「実は私が持っているこの種、マルセル様から直接頂いた物じゃないんですよ」

「え? どういう事?」

「実は…」



はつい先刻この廊下で起きた出来事をメルに話しながら、開けてあった紙袋の口を元通りに折り畳んだ。



「…ずるいなあ、セイランさん。困ってるのは皆同じなのに自分だけ…しかもに無理矢理押し付けるなんて!」



酷いよ、と少々鼻息を荒くしたメルに、が慌てて補足する。



「あ、いいえ…、私はいいんです! でも、皆さん同じ位の量を頂いてるんですよね?」

「うん、そうなんだ。自分の館の庭に植えてもいいけど、コレ全部は無理でしょ?」

「ええ、そうですね…。コレ全部はちょっと無理かもしれませんね…」



メルとは思わずお互いの紙袋を見遣ると、同時に小さな溜め息を吐いてしまった。

だが、ただ単にマルセルの純粋な好意で配られたこのプレゼントの、その後の行き場がどうしても思いつかない。

種子だから腐りはしないだろうが、植えずにずっと保管するのもどうかと思うし、ましてや捨てるなんて事は出来ない。

だがしかし、植えたら更にその分の種が増えてしまうのだ。

これは正に悪循環と言うものだろう。

二人が立ち尽くす宮殿の廊下の一角で、う〜んと唸る声と、その合間に聴こえる溜め息。

いい案が浮かばないかと考えあぐねていたメルの耳に、何かを思いついたとばかりの明るいの声が聴こえた。



「な、何?! どうしたの、??」

「いい考え、思いついちゃいました、私!」

「…ええっ?! ほ、本当?!」

「はい! 私に、任せて下さい!」



どん名案が浮かんだのだろうと、メルはの答えを早く早く、と急かす。

は満面の笑みを浮かべながら、メルにその答えを聞かせると。

忽ちメルの表情も明るく華やいだ。



「そっか、それなら…! あ、でも…こんなに沢山の種、どうやってアウローラ号まで運ぼうか?」

「それも、私にいい考えがあるんです! あのですね…」



二人が今居る廊下には、他に人影は見当たらないのにも拘らず、は態と声を潜めてメルに囁いた。

そんなにつられるように、メルも耳に手を当てて彼女に近寄る。

ヒソヒソとメルに何かを伝えると、彼はにんまりと笑った。



「…わかった、じゃあ皆にそう伝えておくよ! ふふっ、そうと決まったら僕に任せておいて!」

「ええ、お願いします、メル様。私も後から追いかけますね!」



とメルはそう言うと、お互いの顔を見遣り、悪戯を思いついた子供のように微笑みあった。





























「…失礼します、セイラン様…?」



扉を叩く控えめなノックの音に続き、その向こうに掛けられたの言葉にも思った通り返事は返ってこない。

きっとこの部屋の主は、相当不機嫌になっているに違いない。

彼の表情と心情を考えると、の頬が知らずのうちに弛んでしまう。

こんな顔を見られては、更に不機嫌になってしまうだろう恋人を思い出し、慌てては頬を掌で押さえ何とか収める。

一つ大きく息を吸い込み、もう一度返事の返らないドアを叩いた。

だが、やはり返って来ない。

ついさっき別れたばかりのメルが、の作戦通りに行動に出てくれているはず。

その証拠に、ノックの返事が無いのが明らかで。

暫し待ってみるが、相変わらず人の動く気配が無いのを確かめると、はそっとドアのノブを回した。



「セイラン様…? 失礼します。あの…、いらっしゃいますよね…?」



声を掛けながら静かにそのドアを押し開けると、の目に付いたのが大量の紙袋。

勿論それはセイランに押し付けられた、あの紙袋と同じ物である。

執務机の上にでーんと積み上げられ、その向こうに居る筈のセイランの姿など見えないほどである。



「うわあ…、すごいなあ…。コレって何本分の向日葵になるのかしら??」

「………何を暢気な事を言ってるんだい?!」



あまりの多さにが溜め息と共に呟いた言葉。

それに対して鋭い声音で突っ込まれたのに、は驚いて床から少しばかり飛び上がってしまった。



あ。

ちょっと、コレは…。

すごく怒ってる、のよね…?

メル様、大丈夫だったかしら…。



この向日葵の種の山の原因が、自分のせいだともうばれてしまったのかと、は内心穏やかではなかった。

メルに彼には何も言わないで欲しいと、が頼んでおいたのだが、それが上手く行かなかったのだろうか。

この恋人は一旦機嫌を損ねると中々それを直してくれないので、も毎回取り成すのに苦労をしているのだ。

もしかしてその怒りの矛先がメルに行ってしまったのではないかと、はそれが心配だった。



でも…。

今回のは、セイラン様にも少しは原因があるんだし…。

自分だけ、しかも何も言わないで私に押し付けたのだって、私からすればちょっと怒ったっておかしくないのよね。



はあっさりそう開き直ると、わざと素知らぬ振りでセイランに話し掛ける。



「それにしても、すごい量ですよね。マルセル様、ココまで一体どうやって運んでいらしたのかしら?」

「………」



案の定、返事が無い。

は机の向こうで苦虫を潰したような表情で居るであろうセイランを想像し、またしても顔が弛んでくるのを自覚する。



「セイラン様?」

「………」

「怒っているんですか? でも、私だってセイラン様に突然コレを渡されて、困っていたんですよ?」

「……何の話か、わからないな。大体君は、僕がどうして怒ってると思うんだい?」



相変わらずセイランの冷静で抑揚の無い声音だが、言葉の端々に彼の怒りが滲むのがわかる。

この恋人は普段から感情的に怒鳴り散らすという事をしない。

それだけにちくちくといつまでも機嫌の悪い状態が長く続き、が苦労して彼を宥めるのが常なのだ。



「あら、それじゃあ、私の勘違いだったんですね。セイラン様、ごめんなさい。私…」

「………」



あっさりにそう謝られたセイランは、一瞬彼女に返す言葉を失った。

正直言ってセイランは、にあの紙袋を押し付けて何の文句も言われないとは思っていなかった。

別にあれを渡した事自体は、彼女は怒るまい。

ただ他の守護聖も同じ様に困惑しているのを知れば、きっとは自分が策を講じる前に丸投げしたのに腹を立てるだろう事はわかっていたからだ。

この聖獣の宇宙のエトワールとして呼ばれたは、見かけ通りのか弱い少女などでは無かった。

かつて人を寄せ付けないセイランの、あの辛辣な皮肉や態度にも決して臆さず、自分が正しいと思った事は誰にでも意見していく。

何時だったか、あの神鳥の光の守護聖、ジュリアスにまで食って掛かった過去を持つのだ。

あれはなかなかの見物だったと、自分達守護聖の間で未だに語られているほどだ。

逆に彼女は一旦自分の非を認めれば、また素直に謝罪し改める。

気が強いだけではなく、そういった素直で純粋な所にセイランは惹かれた。

自分には到底出来ないであろう、彼女の屈託の無い明るさが、何よりもセイランを惹き付けて止まない。



そんな事を考えてる場合じゃないだろう…。



どうも毎回のペースに巻き込まれてしまうセイランは、実は尻に敷かれる運命にあるらしい。

それよりも、は何を考えているのか、それを確かめるのが先だ。



「…それで? メルが皆の分の種を全部ココへ運んできたのには、君が何か入れ知恵をしたんだろう?」

「あら、入れ知恵だなんて、人聞きが悪いわ。セイラン様にお願いがあって、運んで来て頂いたのに」

「お願いだって…? 僕に? 一体何の話だい?」



一向に話の見えないセイランは、焦れて思わず椅子から立ち上がる。

セイランの瞳に向日葵の種の袋の山の向こうに、が悪戯っぽく微笑んでいるのが映る。



…嫌な予感がする。

大体こういう時の僕の予感は、嬉しくない位当たるんだ。

は何かを企んでいるのには、間違いない…。



セイランはの表情から、何か良からぬ物を感じたのか、じっと立ち上がったまま身動ぎせずに彼女の顔を見つめている。

一方の方も、セイランがこれから自分が面倒な事を頼まれるのだろうと、やや諦めの入った視線をぶつけてくるのがわかる。

それなら話は早い、とは話し始める。



「あのですね。この向日葵の種の袋全部を、これからアウローラ号の私の部屋まで運んで欲しいんです」

「……はあ?」



両手を後ろ手に組み、ぴょこんと首を傾げてはセイランに『お願い』をした。

その可愛らしい仕草とは裏腹に、とんでもない内容のお願いに、セイランは間の抜けた声を出した。



「全部って…これ、10袋はあるじゃないか!? アウローラ号まで僕を何往復させるつもりだい、君は!?」



そう。

セイランの分を抜かした守護聖の8袋と、更にご丁寧にも女王と女王補佐官の2袋。

合わせて10袋。

そしてアウローラ号まではこのセイランの執務室から歩いて片道10分程。

のこの調子だと、彼女は持たずに全部セイランに運ばせるつもりなのだろう。

その楽しそうな瞳の輝きから、彼女の思惑が容易に想像出来る。



「まあ! まさか、か弱い私にこんな重い物を運ばせて、セイラン様は平気なわけないですよね?!」

「………誰がか弱いんだ」



セイランの仏頂面から彼の考えている事が通じたのか。

はセイランの先手を取ったのだが、それに対する彼の呟きもしっかり彼女の耳に届いてしまう。



「失礼しちゃうなあ、もう! 一応これでも私、可憐な少女で通してるんですけど?」

「はあ?」



ぷう、と柔らかな頬を膨らませて見せ、後ろにあった両手は腰に当てたがさも心外だ、とセイランに抗議してみせる。

あまりにも堂々と反論され、セイランも呆気に取られている。



「………ぷっ!」

「………くっ!」



視線を合わせたまま暫し固まっていた二人は、同時に吹き出していた。



「ああ…。はいはい、わかったよ。それで? 可憐でか弱い僕のお姫様、一体この大量の種は運んだ後どうするつもりなんだい?」



セイランはに笑みを残した口調でそう言いながら、自分の方へ手招きした。

も素直にセイランの方へと歩み寄る。

再び彼は椅子に腰掛け、目隠しのような机を回って自分へと近付くを視線で追う。

机から大きく引かれた椅子に優雅に片肘を付き、もう一方の腕をへと伸ばされる。

は差し伸べられたセイランの手を取ると、小さく短い声を上げた。



「っ…、セイラン様…」



の声の原因は、セイランが一瞬にして彼女の腰を引き寄せて、膝の上に座らせたからである。



「ああ、やっと触れられた。さっきの君の剣幕はなかなかに迫力があったからね、これでも僕はきっかけを探すのに一苦労したんだよ?」



そのまましっかりと腰を抱えられ、の手を掴んでいたセイランの指は今、彼女の三つ編みの毛先を弄んでいる。



「迫力だなんて…。私、そんなにコワイ顔、してました?」

「自覚が無いだなんて、まったく困ったね…」



セイランの物言いは恋人同士の甘いもので、も彼にだけに見せる極上の笑顔で応える。

甘えるようにセイランの首に腕を回し、額を彼の顎に寄せる

そこからセイランが自分の髪に口付けを落とすのが目に映った。



「あ…」

「ねえ、どうするつもり? それとも、僕には内緒のままなのかい?」



くい、と顎を指で押し上げられ、はセイランの熱を孕んだ視線とかち合った。

が思わずぞくりとする程の色気。

普段は他人に何の興味や関心も示さないこの澄ました瞳が、こうして自分を見つめる時だけこんな色を見せる。

それは自分がこの人の恋人なのだと、無言で知らしめてくれているかのようで、はそれが嬉しくて堪らない。

見詰め合うその間にの頬は紅く染まり、その潤んだ瞳はセイランの視線を一筋も逃さぬように捉えて離さない。



「…今日は月の曜日、ですよね?」

「ん? ああ…、そうだけど、それが?」

「執務が終わったら、今日から2袋ずつ私の部屋へ運んで下さい」

「今日から、2袋ずつって…?」



唇が触れそうなくらいの近い距離で、は言った。

吐息が唇に当たり、自ずとセイランの視線はのそれに釘付けになる。

このまま塞いでしまおうかとも思ったが、の言葉の意味がまだよくわからない。

その先を促すように顎に掛けていた親指を、の唇に滑らせた。

すると甘い吐息がその唇から漏れ、セイランの衝動を煽った。



「ん……。そしたら、金の曜日には…全部に運び終わるでしょう?」

「ああ、そうなるね」

「そしたら…それを私がアウローラ号で星系を回るついでに、配ろうと思うんです」

「…成る程、ね」



この袋を一遍に運ばせる気は、初めからには無かったらしい。

まあ普通に考えればそうだと知れるだろうが、この少女はたまに突拍子も無い事を言い出したりするから、セイランも油断はできないのだが。



「でも一度の出航で全部を配る訳じゃないんだろう? 何故毎日運ぶ必要があるんだい?」

「え…?」

「別にこの執務室に置きっぱなしにしていても、僕は構わないけど?」



セイランはふと湧き出た疑問をに問うた。

確かに他の星で配るのはいい案だと思うが、流石にこの量を持ち歩くのはとて無理がある。

それに往復に掛かる日数もあるし、毎日せっせと運ぶ必要など無い筈である。

しかし、そう尋ねられた当のは、何故かさっきよりも頬を紅く染め上げ、もじもじと言いにくそうにしているのがセイランの目に入る。



「…?」

「だって…」

「何だい?」

「…毎日、セイラン様と一緒に帰れる…でしょう?」

「!!」



セイランは思わず息を呑んだ。

あまりにも予想だにしなかった、可愛い事を可愛らしい顔で言われたのである。

セイランの理性の限界もここまでか、と思われたのだが。

どうやら、寸での所で踏み止まったようである。



「…じゃあ、僕が君に渡した分の種は、僕の館の庭に蒔こう」

「え…? セイラン様の…?」

「ああ、だけどそれでも充分余るだろうから、そうだな…」

「?」



少し考えるような素振りを見せたかと思いきや、セイランはぽかんと自分を見上げていたに、いきなり口付けた。



「んん…っ?!」

「…少し、黙ってごらん?」

「っ!!」



驚いて上げたの声に、苦笑を浮かべてセイランは一瞬唇を離し囁いた。

キスをするのは初めてでは無いけれど、こんな不意打ちみたいなキスは今までした事が無かったから。

自分だけが余裕が無いみたいで、は重ねられたセイランの甘い唇を感じながら、恥ずかしさと闘っていた。

だが、実際余裕が無いのは、セイランの方で。

何気ない振りして会話を続けようと努力はしたのだが、無防備に開かれたの唇は、否応無くセイランの欲を掻き立てた。

その結果が、これである。

必死に自分の首に縋りつくの腕を感じ、口付けを深くするほどに彼女の鼻から抜ける甘い音。

労わるような口付けしかした事が無かったのに、今の自分はどうだろう。

まるで抑えの利かない獣の如く、の唇を貪っている。



「あ……、んっ…、セ…イ…」



息継ぎもままならぬが、苦しそうに訴える。

それでも止めてやれない自分に、セイランは心の中で苦笑する。

の口内を隈なく舐め上げ、戸惑う舌を逃がさないとばかりに絡めとる。

下唇を強く吸うとの身体がびくりと跳ね、上唇をなぞるように舌で愛撫すれば、セイランの舌を追い求めてくる。

それがまた可愛くて、堪らなく愛しくて。

一頻りその愛しい恋人の唇を堪能していたセイラン。

気付けばの口の周りはお互いの唾液で塗れ、セイランが漸く離してやると、くたりと脱力したように彼に凭れかかった。



「…?」

「………」



返事をするのも億劫なのか、の呼吸は上がっている。

酸素を求め浅い呼吸を繰り返す、彼女の濡れた口の周りをセイランが指で拭ってやると、ふとの視線に気付く。



「……何か…、いつもと違う…」

「違う? 何が?」



未だ力の入らない様子のが、うわ言のようにぽつりと呟いた。

セイランは惚けて、敢えて聞き返してみた。

セイランを見つめるの瞳は、あと少しで零れてしまいそうなほどに潤んでおり、落ち着いたかと思っていた彼の欲にまた火が点きそうなのを自覚する。



「また…。そんな瞳で見たら、こんなものじゃ済まなくなるよ…?」

「…え?」



困ったように微笑むセイランの、言葉の意味を良く理解出来ていないのだろうが、ぎゅっと彼の執務服を掴んだ。



「…?」

「それって…、あの…」

「………」



セイランはの問いには答えなかった。

恥ずかしそうにもじもじと問うの声は、今にも消え入りそうな弱々しいもので。

答えても彼女が困るだけだ。

セイランは自分の言った事に対し、少々後悔した。

気を落ち着かせようと宥めるように、の頭を撫でた時。

が驚くようなことを言い出した。



「あ…の…」

「ん? 何だい?」

「わ、私…、別に、いいです…けど…」

「………は?!」



何の事を言っているのかは、何となくわかってはいる。

だが、からそんな事を言うとは露程も思ってなかったセイランは、もしかして自分の都合の良い様に聞いたのかと耳を疑った。

くっついていたの体を無理矢理引き剥がし、彼女の顔を窺い見ると。

これ以上無いほどにその頬は紅く、セイランの視線に耐え切れないのかのそれは外されている。

自分で言った言葉に恥ずかしくなったのか、の困ったような表情がまた可愛くて仕方が無いセイラン。



「そう…。じゃあ、今日これから袋を運んだら…」

「え…?」

「…君の部屋に泊まっても、いいかな?」

「っ…!!」



セイランのこの言葉で、一瞬にしての沸点に達したらしい。

びくっと表現通りに体が跳ねたのに、セイランも驚いてしまった。



「ああ…、? 無理しない…」

「ちっ…、違います!!」

「は?」



その反応を恐怖と捉えたセイランが、にそう言いかけたのに対し、慌てて訂正をする。

その態度でさえ無理してるんじゃないか、とセイランは思った。



「そうじゃなくて…、あの…」

「何だい?」

「その、何て言うか…。私から誘ったみたいで、急に恥ずかしくなっちゃって…」

「…ああ、そんな事か…」



実際セイランは心の中でも同じ言葉を呟いた。

だが…。



「そ、そんな事って…!! 酷い、セイラン様…!!」

「ああ、そうじゃないよ、ごめん。言い方が悪かったね、今のは」

「え…?」



にしてみれば、確かに大問題だったはずである。

それがわからないセイランでは無い事位、お互い冷静になればわかるのに、二人ともそれが出来ない程舞い上がっていたのだ。



「いいかい? 言っておくけど、先に君に欲情したのは僕の方なんだよ?」

「よ、欲…情…って…?!」

「言ったろう、『こんなものじゃ済まなくなる』ってね?」

「あ…、それは…」



がまた恥らうように掌で頬を覆うと、セイランがそっとその手を掴み外す。

その仕草を目で追っていたが、困惑の視線でセイランに訴えかける。



「でも、君がお許しをくれたからね…。僕がこのチャンスを逃すはず、無いだろう?」

「チャンス…?」

「そうだよ? …まあ、優しくするのは当然なんだけど…」

「…はい?」

「…しつこくしたら、ごめんね? 今の内に、謝っておくよ」

「セっ…?! な、な、な…?!」



あはは、と声を上げて笑うセイランの胸を、強く叩こうとが腕を振り上げたのに、あっさり止められてしまった。

今度は言葉で抗議をしようと、はセイランの顔を真正面から見据えたのだが。

想像以上に真面目な顔で自分を見つめているのに気付き、もその腕から力を一気に抜いてしまった。

が抵抗する気を失ったのを確認したかのように、セイランは再び彼女を自分の腕の中へと抱き締める。

そして、の耳に口付けるかのように、甘い声で囁いたのである



「…別に冗談でも何でもないよ。それ位、僕は君に惚れてるんだからね…?」

「…やっぱり、セイラン様はずるい…」



口を尖らせて言ったの言葉に、セイランが柔らかく微笑んだのが、彼女の耳に触れたままの唇から伝わる。

普段は何故かいつも恋人の尻に敷かれ気味のセイランである。

こんな時ぐらいは流石に主導権を握らせて貰わないとね、と内心ほくそえんでいたのを、勿論は知る由も無い。



「…そうだ。今週末の休みは、二人であの種を植えようか?」

「ええ、そうしましょう。私、頑張ってお世話しに行きますからね!」

「そう…か。これでまた、一緒に居られる時間が増えた訳だ。…マルセル様には感謝しないといけないのかな?」

「ふふ…、そうですね………んっ…!」



無邪気に微笑むの唇に、また突然セイランの口付けが降りてきた。

今度はも焦る事無く、彼の甘い口付けを享受している。

愛しくて愛しくて仕方が無いこの恋人を今この場で襲ってしまわないかと、セイランの心は理性と欲望との闘いの真っ最中であったのは、ココだけの話である………。


































あとがき: マルセルちゃん、一体どれだけの向日葵の種を持って来たんでしょうか(笑)

実はこの向日葵と言うお題、豆田はかなり悩みました。

ありきたりの話はすぐ思いつけど、それじゃあつまらないだろうと、色々考えた結果がコレですわ…(涙)

セイランに向日葵に囲まれる恋人の絵を描かせる、ってのも考えたんですけどね〜。

それだったらリュミエールでもいいしなあ、とココでも迷い(苦笑)



しかし、ここまで長くなる必要があったのでしょうか?

オマケに話が急に甘くなるのに、豆田は強引であるのを自覚はしておりましたが、幾らなんでもコレはねえだろうが!! と、一人突っ込みを入れました…(涙)



アップ直前まで焦って書いたせいですかねえ…。

んも〜、折角のお題、また台無し(爆)!!

デフォルト設定のエンジュもセイランも、かなり性格ぶっ壊しております(汗)

それにセイラン、最初にエロ魔人宣言してるし…(笑)

こんな二人の話ですが、楽しんで頂ければ幸いでございますm(_ _)m



今回最初の夢お題、『ひまわり』でした! そしてこんなおかしな話ですみませんでしたm(_ _)m











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