「レオナード? お風呂、空いたよ…?」 まだ濡れたままの髪をバスタオルで拭いながら、恋人の大きすぎるパジャマの上だけを着たマルセルがベッドまでやって来た。 「後からすぐ追いかけるって言ったのに、ちっとも来ないから…先上がっちゃったよ?」 それでもまだ返事が返ってこないのに、マルセルが首を傾げながら覗き込むと。 「あ…寝ちゃって…るの…?」 情事の後の乱れたままのベッドの上で、素っ裸のままレオナードが突っ伏していた。 「あーあ…そんなカッコのままで寝てたら、風邪引いちゃうじゃん…。ちゃんとお布団の中に入ってよ?」 マルセルの声も届かぬほど、レオナードは熟睡しているようだ。 何の反応も示す事無く、気持ち良さそうに寝息を立てている。 「…年なんじゃないの、レオナード?」 くすり、と笑ったマルセルが、レオナードの頬を指で擽ってやると。 「ん………う…ん、やめろ…キキ…」 「…?!」 寝言だろうか。 起きているんだろうか。 顔の辺りを追い払うように手を数回振ると、また眠りに入ってしまったレオナードを呆然と眺めている。 「………な…に、今の…?! キキって…言ってた…。レオナードの…恋人の名前…?!」 急激にマルセルは混乱に陥り、最早頭の中は真っ白である。 「……もう一回、やってみれば…わかる、かな…?」 今度は指ではなく。 レオナードの頬に、軽くキスをしていく。 何度も、そして段々と口に近付くように…。 「んー…しつこい…ぞ、キキ………」 「え…?! あ…う…わっ…?!」 口まで辿り着く前に、レオナードにぐしゃっと後頭部辺りの髪を掴まれた。 「い…っ、いた…いよ、レオナード?!」 寝ている筈の恋人のそれは思ったより強い力だった為、マルセルも少々涙目になっている。 「ひ…ひどいよ…!!」 「……るせェな…」 レオナードはまだ寝惚けているのか。 ごろりと仰向けに寝返りを打ち、その拍子に髪から手を離したのだが。 次の瞬間マルセルの身体をヒョイ、と抱き掬うと自分の胸の上に乗せたのだ。 「え…レオナード…?」 「お前はいつも…ココ、だろ……?」 そう言うと、再びすうすうと寝息を立て始める。 「……そりゃあ、さ…? 僕だってレオナードが今まで付き合ってきた人達の事をとやかく言うつもりなんてないよ…? だけど…」 こんなのって、ないよ…。 呟いたマルセルの瞳からは大粒の涙が零れ、レオナードの胸に寄せていた頬から幾筋も伝い流れ落ちた。 解っていたつもりでも、やはりこんな形で聞きたくなかった。 恋人の口から突いて出た、女性の名前。 寝言だとは言え、無意識のうちに呼ぶ名が自分ではなく以前の女性の名だというだけで、こんなにも胸が痛むなんて。 何とも言えぬ苛立ちと、切なさの中でマルセルはただただ…涙を溢れさせる事しか出来なかった。 そして。 いつまでも離そうとしないレオナードの腕から逃れようと、マルセルはやっと意識を取り戻し試みるのだが。 思いの外きつく抱き締められていた身体は、中々そこから脱け出すことが出来ない。 「…ん…っもう…!! 離してよ…レオナードの、バカっ!!」 ヤケクソになったマルセルは、彼の頬に手を伸ばし思い切り抓ってやったのだ。 「い……ってェ……?!」 心地よい眠りから一転、突然の痛みに流石にレオナードも驚いて飛び起きた。 だが、相変わらずマルセルを離そうとしないのには、驚きを通り越して呆れていた。 「ちょ…っ、離し…て、ってば…!!」 「……ン? マルセル…?」 「いいから、早く…!!」 「っ…お前、泣いてンのか…?!」 起き抜けで状況を良く理解出来ないレオナードも、マルセルの涙声にすぐさま反応した。 抱き締めていた腕とは反対の手で、マルセルの顎を押し上げると。 やはり伏せられた睫毛の隙間からまだ、ポロポロと零れている涙に面食らっている。 「…どうしたンだよ?」 「……別に!!」 「はァ?! 別に…って、お前なァ…」 「何でもないったら!! …早く離してくれない?」 「何怒ってンだよ…お前?」 「………」 「……おい?」 「………」 「言わなきゃわかンねェだろうが?!」 「……うるさいよ」 「あァ?」 「うるさいって言ってるの!! しつこいよ、レオナード?!」 「コイツ…!!」 「や…っ?!」 何故か頑なに強情を張るマルセルに業を煮やしたレオナードは、あっという間にマルセルの身体を組み敷いた。 両手首を片手であっさりと頭上で押さえ付けられ、もう片方の手は顔を逸らせないように顎をかっちりと捕らえられている。 「…何で起きたらお前が泣いてンのか…理由を言えって?」 「………」 マルセルはこの状態でも視線を合わせる事無く、だんまりを決め込んでいる。 「マルセル…いい加減にしねェと、俺様も怒るぜ?」 「……怒れば?」 「はァ?!」 キッとレオナードを見据えると、マルセルは何とも可愛くない言葉を言い放つ。 「……前の彼女が忘れられないなら、僕は別れてあげるよ…今すぐにね!!」 「……な?! 何言ってンだ、お前…?!」 「もう…いいから、離して…!!」 「…何でいきなり…女の話になるンだよ?」 「……その人の夢、見てたくせに…!!」 「夢ェ?! ……確かに見てた様な…気もするがなァ。だが、そんな色気のあるモンじゃなかったぜ?」 「…今更何を」 「え…っとな、…あァ、そう言やァ、ジュリアスとエルンストのヤロー、夢ン中でも俺様にギャーギャー説教しやがって…」 「…何、それ…」 「知るかよ…夢ン中まで責任持てねェっつうの!!」 「じゃあ…何で、あの名前が出てくるの…?」 「…何だ、名前って」 「………」 「…オイ」 「……レオナード、さっき…僕を誰かと間違えて…」 「………」 「お前はいつも、ココだろって…僕を抱き締めたまま、離してくれないし…」 「誰かと…って、誰だよ?」 「っ…、知らないよ、そんなの!! 僕が知ってる訳ないでしょ?!」 「名前…呼んだんだろ…?」 「………」 「まァ…大体予想はつくけどな…」 「!!」 「キキ…って、言ったろ?」 「やっぱり…!!」 「やっぱりってのは何だよ…。お前、ヤキモチ妬いたんだろ?」 「……知らない」 「あ…っそ? ンじゃ、説明もいらねぇか?」 「!! ……いい…もん…」 「あ?! オ…オイ、泣くな…!!」 「レオナードの…バカ…!!」 「コラ…、落ち着けって…!!」 じたばたと暴れるマルセルを宥めるように、再び溢れ出した涙を唇で拭ってやる。 「あのなァ…キキはネコなんだよ」 「………」 耳元で囁かれたレオナードの言葉にピタ、と動きを止めるマルセル。 ちろり、と見遣るその視線は呆れが混じったような、端から信じていないといった表情で。 「何だァ? そのツラは…信じてねェな、お前」 「……バカじゃないの、レオナード…」 「ンだとォ?!」 「今更…そんなウソ臭い言い訳、僕が信じると思うの?」 「…可愛くねェな」 「…別に可愛くなくて結構です!!」 「……アイツはなァ、いつの間にか俺の店の裏に流れて来たヤツでよ…。母ネコとはぐれたんだろうな、まだ小せェ仔猫だったし。 ついつい餌やってるウチに、俺様の部屋に住み着いちまった、ってワケ」 「………」 「まァ…アイツはメスだったしな、女には違いねェか。大分汚れちまってて可愛いとは程遠い風体だったが、 洗ってやったら相当の美人になったぜ…?」 マルセルはまだ半信半疑、といった表情でレオナードの顔をじっと見つめている。 「……本当…なの?」 「ン?」 「レオナードと…一緒に、寝てたの…?」 「まァな…子供ってのは、そういうモンだろ? 母親にくっ付いて眠るンだろうが、生憎と俺様しかいねェしな」 「……そっか…」 「俺様で寝床が暖まる頃になると、決まって潜り込んで来るンだよな。 中に入れろって俺様の顔を手だの舌だのでちょっかい出して来るわで…寝入り端を起こされてたからなァ…」 「………」 「お前…俺様の顔に何か、しただろ?」 「ちょ、ちょっとだけ…。だって…良く寝てたから…」 「あァ、やっぱな? だからだってェの。…ったく、何かと思うだろうが…。いきなり泣きやがるし、勝手にキレるしなあ?!」 「だ…っ!! だ…って…」 「あァ?」 「何だか…まるで、恋人に言うみたい…だったから…」 「だから、ヤキモチ妬いたンだろ?」 「ん…っ…んん…?!」 恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、頷くマルセルに欲情したレオナードが唇を奪ったのだ。 「ん…っ…んん〜っ!!」 マルセルがイヤイヤをするように顔を左右に振り、レオナードの唇を離そうとしている。 「…なンだよ、まァだ怒ってンのか、お前?」 「ち…っ、がくて、…手!!」 「はァ?」 「手!! 離して!!」 「…何で?」 「な…っんか…犯されてるみたいで…ヤだ…」 「犯すって…お前なァ…」 「それに…僕…」 「あ?」 「レオナードに…ぎゅって…したい」 「!!」 瞳を潤ませながらそう言うマルセルは、さっきまで散々求めた後だというにも拘らず、レオナードの熱を煽るもので。 「あっ…んっ…レ…オナー…ド?」 「…煽ったお前が悪い」 「バ…バカ!! 離してったら…!!」 「そうじゃねェだろ、マルセルちゃんよォ?」 「な…、んっ…に…?」 「他に言う事、あるンじゃねェのか?」 「は…っあ…んっ…ご、ごめん…なさ…い…」 「…それから?」 「やあっ…、そ…んなとこ…さわっちゃ…」 「ほら、どうした?」 「あっ…あ…あいして…る、よ…レオナード…」 「…よくできたな? ンじゃ…ご褒美、やンねェとな?」 「んあっ…!! そ…こばっか、や…」 「ココ…好きだろ、お前?」 「ん…ふっ…レ…レオナード…は…?」 「ン…? あァ…愛してるぜ、マルセル」 「んっ…、よかった…」 「…お前、可愛過ぎだ…」 「ね…え…? もっかい…するの…?」 「当然だろ? こンなエロいお前見せられて…我慢出来るか…!!」 あとがき: ハイ、やっとアップ出来ましたね〜(汗)。 もっとマルセルに怒って貰う予定だったのですが、拗れさせ過ぎるとエライ目に遭いますからね、豆田が(汗)。 ネコの名前は某アニメの魔女っ子からではなく、某キャラクターの星の兄妹の兄(笑)から付けました。 兄って…(苦笑)。 レオナードには犬ではなく、ネコが似合いますよね〜♪ 気紛れな仔ネコに振り回されるレオナード…。 普段と変わりないじゃん(笑)!! この話も豆田の夢に出てきたネタでありました。 寝言って、ホント不可解で不思議です。 無意識であるからこそ、本音が出ちゃったりするんじゃないかって思いますよね。 マルセルも然り、で。 女と散々付き合ってきたであろう恋人の、過去が垣間見えてヤキモチを妬いちゃった訳です☆ ではでは、この話の感想お待ちしております!! ここまで読んで下さって、ありがとうございましたm(_ _)m 06/2/24 ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆