「こんにちは、リュミエール様!!」 「おや、マルセル。いらっしゃい…って、どうしたのですか? そんなに息を切らせて…。何かあったのですか?」 「あ、いいえ…。あの、僕…リュミエール様にお聞きしたい事があって…」 「ああ…そうでしたか。驚いてしまってすみませんね? では、中へどうぞ」 「お邪魔しまーす」 室内へ通されたマルセルは、どこか落ち着きが無く、そわそわしながらあちこちを見回している。 表情は考え込むように眉間に皺を寄せたかと思えば、急にカア〜ッと頬を染めてみたりと忙しい。 ……面白い。 リュミエールはマルセルに何があったのかは解らないが、見ていて飽きないのでもう少し様子を楽しむことにした。 「はい、お茶が入りましたよ」 「あ…ありがとうございます!! この前頂いたハーブティーもとても美味しかったです」 「そうですか、あなたに気に入って貰えて嬉しいです。 わたくしも、あなたに頂いたお花を大切にしていますよ。ほら、あそこに…」 そう言ってリュミエールは窓辺の日当たりの良い場所に置いてある、植木鉢を見遣る。 「本当だ…! やっぱり、リュミエール様に差し上げて良かった。だって、花もとても嬉しそうだもの!!」 「ふふ…、そうですか?」 「はい! あ…、リュミエール様がハープをよく弾かれるからかも…?」 「え…?」 「植物に綺麗な音楽を聴かせると、とても元気になるんですよ」 「そうだったのですか…」 「人も、植物も一緒なんですね! 僕もリュミエール様のハープを聴くの、大好きですから!」 「マルセル…。ありがとうございます。本当に、そうですね。 美しい音楽は全てを魅了する不思議な力があるように、わたくしも感じます…」 こうして見るとリュミエールはいつもの優美な物腰で、何らおかしな所はマルセルには見受けられない。 恋人であるレオナードがあんな事を言い出したのも、やはり彼の勘違いだったのではないかと、 マルセルの中では結論が見え始めていた。 だがしかし、レオナードがあそこまで言い張るのには、何か理由があると思うのも事実。 訊いてみるだけならいいかなあ? でももし違ったら、リュミエールにすごく失礼になっちゃうし…。 でも、一回気になっってしまったら、確かめたくなるのも人情と言うもの。 何かを思案している自分を優しく見守るようなリュミエールの視線を感じ、マルセルは少しはにかんだように彼に微笑み返す。 リュミエールはマルセルのその無邪気な様子に柔らかな微笑を零しながら、自分のカップに口を付ける。 マルセルはそのタイミングを見計らって、思い切って口火を切った。 「……あの、リュミエール様…? リュミエール様って、攻めなんですか?」 ガチャン………!! マルセルの言葉に驚き、テーブルに置こうとしたリュミエールの手からカップが滑り落ち、床に派手な音を立てて割れてしまった。 「ああ…っ?! だ、大丈夫ですか、リュミエール様?!」 「…マルセル?! 今…あなた…!!」 「ああ、う…動かないで下さい!! 染みになっちゃいますよ」 「…マルセル?!」 リュミエールは慌ててカップの残骸を片付けようとするマルセルの両手首を思い切り掴んだ。 「いっ…った…?! リュ、リュミエール様?!」 「…何故、そんな事を聞くのですか?!」 思いの外リュミエ−ルの力は強く、痺れる程の痛みを手首に感じたマルセルは、上手く回らない頭で必死に言い訳を考えるのだが。 「え…っ?! あ…えっと…、あの、その……」 「……そんなに知りたいのなら、わたくしがあなたの体に直接教えて差し上げましょうか?」 リュミエールは普段の彼からは到底想像出来ない、壮絶な色香を放った笑みでマルセルをあっという間に床に組み伏せる。 ガチャリ…。 「おい、リュミエール? さっきの書類の件だがな…って?!!! なっ…何やってんだ?! …お前ら!!」 「…オスカー?」 「え……? ああっ?! オ、オスカー様!! 助けて下さい〜〜〜!!!!」 開かれた扉から顔を出したのは、炎の守護聖。 執務中のこの時間、予想だにしていない事態に遭遇したオスカーが、素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。 「お、お前というヤツは…!! この前俺に言った事も、やはり冗談だったんだな?! 俺は真面目にお前に言われたから考えていたんだが…どうやら無駄だったようだな?!」 「ええ…冗談ですよ? これは…」 「もういい!!!!」 オスカーはリュミエールの言葉を最後まで聞かずに踵を返し、乱暴に扉を閉め出て行ってしまった。 「マルセルに対しての事ですよって言おうとしたのに…せっかちですね、オスカーも。マルセルもそう思いませんか?」 「リュ、リュミエール様〜〜〜、離して下さいよ?!」 その扉の外では、オスカーと入れ違いにリュミエールの部屋に入ろうとしていた誰かとぶつかりそうになっていた。 「お…っと、失礼…?! な…、レオナードか?!」 「ン…? あ…っと、えーと…誰だ?」 「!!!!」 「ああ、ワリィ。冗談だよ、冗談! オスカー、だろ?」 「…今日は厄日なのか? 冗談の大安売りでもやってそうだな…」 「? 何の事だ?」 「いや、何でもない。こっちの事だ…。それよりお前、早く中に入った方がいいんじゃないか? マルセルはお前の恋人なんだろう?」 「はァ?! 何だァ? いきなり…。ま…まさか…?!」 「…ああ、さっさとしないと、喰われるぞ?」 オスカーの言葉と同時に扉を力任せに開くと、そこには…。 泣いているマルセルの額に、キスをしているリュミエールの姿が目に入る。 「な…っ?!」 「…っ!!」 レオナードと、見るともなしにそれを見てしまったオスカーは…金縛りにあったかの如く、身動きが出来なかった。 「え…レオナード?」 マルセルはここに居る筈の無い恋人の姿を見付け、呆然としている。 「お……前なァ?!」 マルセルの声に反応したレオナードは、怒りを一気に爆発させ、2人の元へ駆け寄るとリュミエールから自分の恋人を奪い返す。 「…これはまた…偶然にしては、タイミングが良いですね…?」 リュミエールは少しも悪びれる様子は見せず、いつもの優しい微笑みを浮かべる。 だが、その水の蒼を湛えた瞳は微塵も笑ってはいない。 「マルセルに何しやがんだ?! コイツは俺のだぞっ?!」 レオナードの言葉にいたく感動したマルセルは、嬉しさのあまりぎゅ〜っと抱きつくが、ハッと我に返り恋人を宥めようとする。 「や…っ!! 違うんだよ、レオナード!! 僕が…悪いんだよ?!」 「「………はあ?!」」 レオナードとオスカーが、思わず同時に間の抜けた声で答える。 「…お前、違うって…お前から、コイツを誘ったって言うのか?!」 「ち…っがーーーう!!!! 何でそうなるの?!」 「…じゃ、何なんだよ…この状況は?!」 「僕…この前、レオナードが言った事、リュミエール様に直接聞きに来たんだよ…」 「…? 俺が言った事? 何だァ?」 「リュミエール様が…攻めだって、言ってたでしょ? 僕…、信じられなくて。それで…」 「「「………!!!!」」」 レオナードはしまった、という表情でリュミエールを見遣る。 オスカーはギクリ、とした表情だがその頬は赤く、俯いてしまっている。 リュミエールは…なるほど、といった風で3人を眺めている。 「あの…、リュミエール様? ごめんなさい…。僕、聞いてはいけない事…聞いたんですよね? もう、僕、忘れます。だから…」 「ああ、いいのですよ? マルセル…、あなたの言った事は、事実ですから」 「「「!!!!」」」 「え…?! じ、事実…って?!」 「ホラな、言っただろ? 俺様の勘は外したコトがねェんだよ…」 「リュ…、リュミエール?!」 マルセルは呆然とリュミエールの顔を眺めてはいるが、とうに意識は飛んでしまっていた。 「…ンじゃ、邪魔したな? 俺はコイツを持って帰るから、後は2人で仲良くやってくれ」 レオナードはマルセルを抱き上げると、さっさと部屋を出て行ってしまった。 水の守護聖の執務室に残されたのは、リュミエールとオスカー二人だけ。 「……俺も帰る」 オスカーは気まずい空気の部屋から逃げるように出て行こうとしたのだが。 「……オスカー」 静かに、そして逆らうのを許さない、とばかりに威圧的な声にビク、と歩みを止める。 「何故、わたくしを疑ったのですか…?」 顔は見えないが、穏やかに尋ねるリュミエールの言葉が恐ろしい。 「…あんな場面を見れば、誰だって同じ反応をするだろう? それに、お前は俺に対して冗談だと言ってたのを、 忘れたとは言わせないぜ…?!」 「…ああ、ヤキモチ、ですか? オスカーがわたくしに嫉妬してくれるなんて…嬉しいですね?」 「な…?! 何でそうなるんだ?!」 「違わない、でしょう?」 「ぐ…っ!!」 そうなのだろうか…? 俺は、冗談だと言われたのに…腹を立てたのか…? いや…!! 違う!! 俺は…!! 「オスカー…? わたくしが想いを寄せるのは、今までも…そして、これからもあなただけなんです。 だから、機嫌を直してはくれませんか…?」 リュミエールはオスカーに近付くと、後ろからそっと腰に腕を回した。 「…っ?!」 オスカーの背に額をこつん、と当てると 「愛して…いるんです、あなたを…」 リュミエールは切なげに呟いた。 オスカーはリュミエールの腕をそっと自分の腰から解くと。 「…オスカー?!」 驚きと悲しみの入り混じった声を上げるリュミエールにオスカーは向き直る。 「…なんて顔、してるんだ?」 リュミエールの顎を捉え、意地の悪い笑みを浮かべながらオスカーは囁く。 「………」 「…どうした?」 「わたくしの…想いは、あなたには受け入れては貰えないのですね…」 瞳を伏せ、諦めたように自分で吐き捨てる言葉に、改めて傷付く自分を自嘲するようなリュミエールにオスカーも溜め息を吐いた。 「…まだ何も言っちゃいないだろう? 俺は」 「言わずとも、そういう事なのでしょう…?」 「変なヤツだな…。あんなに鬼畜な面を見せるかと思えば、いきなりいつもの守護聖様に戻るし…」 「………」 「あのな、俺はお前の事を…真面目に考えたって、言っただろう?」 「………」 「その…なんだ…、俺が受けってのは些かまだ引っかかるが、俺はお前の事…嫌いじゃないぜ…?」 「…オスカー?」 「な…何だ?」 「本当…なのですか?」 「……嘘を吐いてどうするんだ、こんな事」 「では…わたくしに…キスを、して下さい」 リュミエールの必死に訴える瞳の色に、オスカーは自分が欲情しているのを確かに感じていた。 目を閉じたリュミエールの唇に、自分のそれを重ねてやると…両手を首の後ろへ絡められ、より深く口付けてゆく。 自分から仕掛けた筈のキスは、いつの間にか主導権をリュミエールに奪われていた。 「お…前、なんだよ。あんなキス、反則だぞ」 「ふふ…、感じてしまいましたか…?」 「な…?!」 「オスカー…もう少し、ここに居ては下さいませんか?」 「………」 「あなたに…もっと触れていたいのです…」 「!!」 「…ああ、心配しなくても大丈夫です。優しくして差し上げますから…ね?」 「な!! 何の話をしている?!」 「え…? 言って、いいのですか?」 「わーーーっ!! 言うな!! 頼むから言わんでくれ!!」 「では、いいのですね?」 「…もう…好きにしてくれ…。お前に惚れられて、お前に惚れた俺の運が悪かったんだ…」 「オスカー…?」 「ん?」 「もう一度、言ってくれませんか…?」 「…俺は、お前に惚れてるんだよ。わかんないのか?」 「オスカー…!!」 「お、おい…?! 誰か来たらどうするんだ!!」 「いいではないですか。オスカーはわたくしのものだと、知らしめるいい機会ですし…」 「た、頼むから、止めてくれ…」 「…仕方ないですね、でも…?」 「は?」 「帰ったら…わかってますね、オスカー?」 「…ああ、好きにしろ」 「貴方を誰よりも、愛していますよ…オスカー」 「ああ、わかってる」 その後の2人がどうなったのかは、また別のお話…。 06/11/11加筆修正。 あとがき: いや〜、コレを書いた豆田のその時の心境が全く思い出せません(笑)。 しかしマルセルってば、かなり強い心臓持ってますよね(苦笑)。 知らないって事は幸せでもあり、罪でもあるんですねえ…。 リュミエールは腹黒ではありますが、オスカーの今まで流してきた浮名の為に、ヤキモキさせられっぱなしなんです。 付き合いの長いリュミエール相手に、オスカーも戸惑っているとは思いますが、何とか仲良くして欲しいものです(笑)←他人事だ。 ではでは☆ ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆