「…散々だったな、全く」 リュミエールが思わず零した悪態も、普段の穏やかな水の守護聖の面影が微塵も見られない、 彼の恐ろしい表情に遭遇するものも幸いこの場には存在しなかった。 しかし。 彼がこうぼやきたくなるのも当然といえば、至極当然の事であった。 「大体、アイツと外へ出掛けるだけで、碌な思いしかしねえ…!!」 *** 事の発端は至極単純だった。 日頃頑張っているエトワールの少女に、皆で彼女の誕生日を祝おうと計画したまでは良かったのだが。 リュミエールがそのプレゼントを一緒に買いに出掛けた相手が悪かったのだ。 恋人でもあるオスカーの、以前関係があったのか無かったのか。 今更追求するのもバカらしくなる位、彼の周りにはいつの間にか女性の壁が出来てしまうのだ。 リュミエールもオスカーの前以外では、自分の素を晒す気は更々ないので、それでもかなり我慢はした方だと思う。 した方だとは思うのだが…。 いくらやんわりと追い払おうが、後から後からとどこから湧いて出てくるのかと思うほど、 女性の数は減るどころか更に増える一方で。 段々気分を害してくるリュミエールに気付いているのか、いないのか。 オスカーは態度を硬化する事も無く、彼女達に囲まれたまま外面のいい笑顔を向けている。 あまりの馬鹿らしさに会話の内容まで聞く気は更々無く、リュミエールは遠巻きにその光景を眺めていた。 恋人である自分を放っておいて他の女性と戯れるオスカーを、幾度歯痒い思いをしながら我慢してきただろうか。 勿論お仕置きと称してそれ相応の応酬はさせて貰うものの、何故こうも懲りずに同じ事を繰り返せば気が済むのだろうか。 …アイツ、やっぱマゾなんかな? 他の守護聖が聞けば、卒倒するだろう想像をして気を紛らわすリュミエールだったが、 一向に彼女達を振り切る様子が窺えないオスカーの態度に苛々も最高潮に達した。 もう我慢の限界だと、リュミエールが小さく舌打ちしたのに気付いたオスカーが、はっとした表情で彼に振り返った。 「リュ…、リュミエール…?!」 「オスカー? わたくしはもう失礼致しますね。あなたも色々お忙しいようですから、お邪魔するのも忍びないですし。 エンジュのプレゼントはわたくしが用意しますから、あなたはどうぞ、彼女達とこのままごゆっくりなさって下さいね…?」 リュミエールの物腰も、その柔らかな笑顔も。 オスカーを取り巻いている彼女達でさえ、感嘆の溜め息を誘うような優雅なものであったのに。 それを向けられた本人だけが、背筋に凍るような寒気を感じたのはココだけの話(笑)。 あっさりと踵を返し銀がかった長く美しく光る髪をなびかせ、リュミエールの去り行く背中を視界に入れ焦ったオスカーは、 身の周りを取り巻く女性達に向かってきっぱりと言った。 「悪いな、お嬢さんたち。聞いた通り、俺の大事な恋人が機嫌を損ねてしまったので、急いで追いかけなくてはならないんだ」 オスカーの言葉に、一瞬その場は静まり返る。 目を瞬かせる音や息を呑む音も、掌をぎゅっと握り締める音さえも、聴こえて来る気すらした。 じゃあな、と呆気に取られた彼女達の輪をするりと抜けると、オスカーはリュミエールの後を駆け足で追った。 その背後では、一つ間を置いて凄まじい悲鳴が上がり、道行く人々を驚かせて居た事は言うまでもない。 *** 「待てよ、リュミエール!!」 「っ…?!」 すたすたと先を歩いていた恋人の腕を取り、自分の方へ向き直させるオスカー。 よもやこの男が追いかけてくるとは夢にも思っていなかったリュミエールは、驚きの表情を隠す間も無く抱き締められていた。 「悪かった、お前を放り出してしまって…」 「…別に、いつもの事ですから」 まだお怒りなのか、と苦笑するオスカーを訝ったリュミエールは、疑問を問い質すことにする。 「…彼女達を放っておいて良いのですか? 久し振りにあなたと会えて、嬉しそうだったのに…」 「おい…」 「どうやって言いくるめてきたのでしょうね? 無理などせずに、わたくしなど放って置いても良かったのですよ?」 「…リュミエール?」 「…何だよ?!」 「お前も責任とれよな?」 「はあ?! 何寝言言ってんだ、コラ!!」 「あのな、一応まだココは外なんだぞ?」 「…うるせえ」 抱き締められたまま悪態を吐く恋人に、オスカーもやれやれと溜め息を吐いた。 「溜め息を吐くとは、どういうこった…オスカー?!」 「いい加減機嫌直せよ…」 「喧しい!!」 「俺の恋人を怒らせたからって、言ったんだよ」 「…は?」 「だから、追いかけなくちゃいけないからって、一応納得してもらったんだがな?」 「っ…!!」 オスカーの言葉がリュミエールの眩暈を誘う。 「お…まえ…?!」 「カミングアウトしちまったからな…。お前も当分えらい目に遭うぜ?」 「冗談…だろ?!」 「いや、冗談なものか。もうこんなつまらない事でお前を怒らせるのも、そろそろうんざりしてたしな」 ん? と肩を竦め、リュミエールの顔を覗き込むオスカーに、リュミエールは言葉ひとつ出てこない。 いつもなら悪態三昧、罵詈雑言の嵐になる所なのだが、今回ばかりは勝手が違う。 今までのオスカーならば、そんな事を自分から暴露するような真似はしなかった筈なのに、 今日に限ってどうしてこんな事を言い出すのか、リュミエールには理解出来なかった。 プレイボーイを気取り、特定の恋人を作らず『皆のオスカー様』の立場を自分から崩すような発言を、 リュミエールは俄には信じ難い。 「…お前、何か変なもんでも拾い食いしたか?」 「…何でそうなるんだ」 「お前の行動には信憑性が無さ過ぎるんだよ!!」 「そうか? でも、な?」 「はあ?」 くい、と後ろを顎でしゃくって見せると、背後から先程の女達が団体で物凄い勢いで自分達を目掛けて駆け寄ってくるのが見える。 「な、何だ、あれ?!」 「ほら、追い着かれちまうだろ? 早く逃げるんだよ」 「え…っ?!」 オスカーはそう言うが早いか、リュミエールの腕を掴んでセレスティアの出口まで一気に走り抜ける。 待たせておいた馬車にリュミエールを先に押し込み、控えていた御者にすぐに合図を出すと馬を走らせる。 窓からはオスカーの名を叫びながら、半分泣いている女性の姿も見えた。 普段ならそこで笑顔を見せて手の一つも振る男が、前を真っ直ぐ見据えたまま振り向きもしない。 リュミエールはぽかんと恋人のあり得ない態度に、ただただ開いた口を塞ぐ事すら出来なかった…。 *** 「…何でだよ」 「何がだ?」 「何が、じゃねえだろ!! 何でいきなり態度変える気になったんだよ!!」 「何でと言われてもだな…」 「大体、今更遅えんだよ…」 「ま、それは言えてるけどな」 「ちっ…!!」 「おいおい、綺麗な顔が台無しだろ? いい加減機嫌直せよ」 「うるせえ!!」 「じゃあどうすれば俺のお姫様は満足行くのか、聞かせてくれないか?」 「はあ?」 「ちゃんと俺はお前を優先させただろう? お前が俺の恋人だとも宣言した。彼女達には悪いが、俺はもうお前のものだからな」 「っ!!」 得意げに、そして遣り遂げた感のオスカーの態度に、リュミエールもガクリと肩を落とす。 そんなリュミエールの姿に不満だったのか、やや拗ねた口調でオスカーは言った。 「…そこで普通は感謝のキスもあって当然じゃないのか?」 「ちょっと待て…元はといえば、お前の自業自得だろ?! 勘違いも甚だしいな、オスカー…。 どの口が俺に向かってそんな偉そうな言葉を吐くんだ、ああ?!」 「なっ…?!」 しおらしくしていると思ったのも束の間。 いや、オスカーの油断が仇となったのか。 いきなり胸倉を掴まれ、お互いの額同士がくっ付きそうな距離までに近付けられたリュミエールの表情は、 それはそれはオスカーにとって恐ろしいと表現するしかないもので。 これは今晩、酷い目に遭わされるな…。 オスカーは観念したかのように、自嘲的な笑みをうっすらと浮かべ目を伏せた。 またそれがリュミエールの癇に障ったらしい。 「へえ…? まだそんな余裕があるのか、オスカー?」 「へ?! や、違う!! そうじゃなくて…」 「そろそろお仕置きのレベルを上げないとダメなようだな?」 「お仕置き…って…!! お前なあ!!」 「…本気、なのか?」 「は? 何の話だ?」 「………」 「ああ…、さっきの事か。俺が一旦言った事を撤回するような男だと思うのか?」 「…さあな。お前の考えてる事なんざわかる訳ねえだろ」 「信用無いな、俺は」 「今出来る事なら、最初から出来た筈だ。それにお前にとっちゃ、何人もの人間と同時に付き合う事なんかお手のものだろ」 「…お前こそ本気で言っているのか、リュミエール?!」 「俺は今まで何度も何度も同じ場面に出くわしてるんだぞ。その度にその場をなあなあに取り繕い、 俺にも女にもはっきりしねえ態度とってきたお前が、それを俺に問うのは論外なんじゃねえのか?!」 「まあ…確かにそうとられても仕方ないけどな」 「…チッ!!」 「だが今までの俺しか知らない彼女達に、いきなり宣言してみろ。お前の身に危険だって及ぶかもしれないだろ?」 「ああ、うまく逃げたつもりか、オスカー?」 「そうじゃない!!」 端から自分の言葉を相手にしていないリュミエールの態度に、オスカーも苛ついた声を荒げる。 その態度も気に入らないのか、リュミエールは鼻でふん、と笑うと掴んだままのオスカーの胸元から乱暴に手を離した。 右隣に居るオスカーを避けるように右足を組み、身体を斜めに憮然とした面持ちで窓の外を眺めるリュミエール。 腕組みも加え、オスカーの言葉も存在も無視している状況だ。 リュミエールがこういう態度を取る時は、一切口を利かないつもりなのだ。 オスカーが折れても、中々素直に機嫌が直る事は少ない。 無言の馬車の中は、一気に重い空気で覆い尽くされる。 「…俺達は守護聖なんだぜ?」 「………」 「同じ時を生きて行けない人間を愛するのは、勇気も覚悟も必要だ。俺にはそのどちらも持ち合わせていなかった」 「………」 「それにもう一つ…」 「……?」 「そこまで想う相手に巡り逢えなかった、って事だろうな」 「………」 「彼女達は俺が誰のものにもならない事を承知の上で、俺との付き合いを無理矢理納得させていた部分も大きい。 そんな俺が恋人を作ったと言えども、誰一人として信じないだろう」 オスカーが静かに話すその声を、リュミエールは黙って聞いているのかいないのか。 全くと言っていい程身動ぎ一つしないリュミエールを窺いながら、それでもオスカーは話を続けた。 「お前と付き合ってからは、彼女達には一切思わせ振りな言葉は口にしていないし、 一人で外界にも出かけていないのはお前もわかってるだろ?」 「………」 「急にそんな行動をし出した俺に、彼女達も不信感を持ち始めた頃、中にはちょっとヤバイ思考に走り出したコも居たからな…」 「……!」 「俺としても泥沼に巻き込むのは不本意だし、お前に危害があっても困る。まあお前は男だし、女に怪我をさせられる事も無いだろうが、 万が一その素を見られては困る。多勢に無勢の状況も避けなくてはならなかったし…少しずつやるしかなかったんだよ」 オスカーの言葉にもそれなりに一理あった。 華奢な外見のリュミエール見くびった女達が、数に物を言わせいきなり襲いかかってきたら、 リュミエールもただでは済まないだろう。 守護聖に対しそんな恐れ多い行動をするかどうか、常識を考えればわかるものだが。 恋に目が眩んだ人間と言うものは、それが如何に理不尽で不可解な行動だとしても、 それを省みる冷静な精神状態ではあり得ないのである。 嫉妬や不安に駆られた衝動を抑えられるくらいなら、我が身に降りかかる痴話喧嘩も穏便に済ませられる事だろう。 疲れたような声で語り終えると、オスカーは深い溜め息を吐いた。 相変わらず隣の恋人は、自分に目もくれずに外の景色を眺めている。 聞いていない筈は無いのだが、それでも自分の説明に納得も理解も出来ないのだろう。 オスカーはリュミエールの機嫌が直るまで、そっとしておこうと思ったその刹那。 「………結局、自業自得なんじゃねえかよ」 「…え?」 「お前が今までしてきた行いが悪いせいなのを、そんな理由で俺を蔑ろにしてきたのを正当化するつもりか?」 「リュミエール…」 辛辣な言葉だが、これまたリュミエールの言う事にも一理…否、反論する術が無い。 オスカーは苦笑いの意味を身を以って実感する。 その空気がリュミエールに伝わったのだろうか。 いきなり振り返った彼に、オスカーは驚きと恐怖の入り混じった感情に襲われた。 「…情けねえツラだな、オスカー?」 「う…、しょうがないだろ。お前に悪いと反省してるんだぜ、これでも」 「へえ…?」 楽しそうに微笑むリュミエールに、思わずドキリとオスカーの心臓が跳ねる。 その表情は一言で言い表せれば妖艶、オスカーの芯に熱をもたらす類の、雄の笑みだった。 オスカーのその頬が僅かに染まるのを見逃さなかったリュミエールは、 彼の顎を指で捉えるとオスカーも予期していなかった口付けを落とした。 「…っ?!」 すぐにそれは離れたのだが、まだ至近距離に居たリュミエールの唇から甘い息と共に、それは甘くない声音で言い放たれた。 「…目、閉じろよ。処女でもあるまいし、ムードのねえヤツだな…」 「な…?!」 「…お前がしろって言ったんだろ? 文句あんのか?」 無い、と言う言葉は聞けなかった。 その言葉を発するためのオスカーの唇は、寸前でリュミエールのそれによって再び深く重ね合わされたのだから…。 オマケ☆ 「あ。そう言えばよ?」 「何だ?」 「一ヶ月間毎晩寝かせてやんねえ位ヤりまくられるのと、絶対イかせて貰えねえのとどっちがいい?」 「…はあっ?!」 「だから、お仕置きの内容だっての。オスカーの好きな方選ばせてやるよ。優しいだろ、俺は?」 「優しいって…他の選択肢は無いのか?」 「ねえよ。つか、本来なら選べるだけでも有難いと思えよ!!」 「…確かに泣きそうなくらい、有難いぜ…」 「そうだろ? …で、どっちにすんだ?」 「…お前に任せるよ」 「は?」 「お前の好きなようにしたらいいだろ? 俺はお前のものだ。それにこんな事も初めてじゃないしな」 「何とまあ、オスカーにしちゃ殊勝な事だ。…じゃ、両方な? 毎晩しつこく攻めた上、イかせない方向で」 「…ま、待て、リュミエール!!」 「…何だよ?」 「せ、選択じゃなかったのか…?」 「お前は俺のもんなんだろ? なら、好きなようにしていいんだろ?」 「………」 「やはり…あの言葉は嘘だったのですね…?」 「なっ…?! きゅ、急に戻るな!!」 「あなたを信じようとした途端、いきなり裏切られるなんて…!!」 「おい!! 人聞きの悪い事を言うなよ!!」 「身も心もわたくしのものにならない方が、恋人だなんて口先で言われてもとても信じられません…」 「…酷い言われようだな、相変わらず。その口調で毒を吐かれると、非常に具合が悪くなるぜ…」 「…もっと言って差し上げましょうか、オスカー?」 「勘弁してくれ…。俺の心臓がもたないぜ」 「覚悟して下さいませね、オスカー。私は貴方を一生離す気はありませんから…」 「…当たり前だろ。じゃなきゃ、俺がお前を恋人と宣言した意味がなくなるだろ?」 「では…」 「わかってる…お前が欲しいのは、コレだろう?」 「………」 じっと見つめあた瞳を逸らさず、オスカーはリュミエールに囁いた。 「心から愛している、リュミエール。俺の傍から離れないでくれ。俺にはお前が居れば、他には何も要らないんだ…」 「…信じていいのですね、オスカー…?」 「ああ、当然だろ」 「わたくしも…貴方を愛しています、オスカー」 「ああ、わかっている…」 「いいか…ほんの少しでも俺を裏切ってみろ。死ぬより辛い目に遭わせてやるからな…!!」 「…あのなあ」 後日。 オスカーの恋人発言は瞬く間に聖地中を駆け巡った。 だが、オスカーが一人の人間に縛られる筈が無い。 ましてや、美しいのには相違ないが、同性である男のリュミエールに捕まったなどとは。 一過性の熱が冷めてみれば、あれは彼女達にとってオスカーの質の悪い冗談だろう、と 結論付けられてしまう事を誰がこの時知り得ただろうか…。 安心しきった彼らが再び、同じ痴話喧嘩を繰り返す羽目になったのは、改めて言うまでも無い…(笑)。 あとがき: う〜ん…(汗)。 ホントはオスカーにもっと気障っちいセリフ、言わせたかったんですよ(苦笑)。 でもヘタレ仕様の彼が急に気障になっても逆にコワイなあ、と思いまして(笑)。 ウチのオスカーでは、コレが精一杯でございますm(_ _)m 実際オスカーが一人の恋人に絞ると、大暴動が起きそうですよねえ(笑)。 遠回しに少しずつ態度を改めれば、不特定多数の彼女達は不審に思うはずですし、そういう関係を保っていると 女性同士の横の繋がりもあると思います。 素直に諦めるコも居れば、納得できずに徒党を組んでストーカー化するコも居ますでしょう。 恨まれる付き合いはしてないつもりのオスカーでも、やはり女心はオスカーには量り切れない程複雑なのです(苦笑)。 ましてや、自分よりも遥かに美麗なリュミエール。 しかも男だってんなら、話は別でしょう(笑)。 拍手のつもりで書いたのに、ま〜た字数オーバーでした(汗)。 へっぽこ話で申し訳ありませんでした〜m(_ _)m ☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆