とある日の曜日の朝。 ここはオスカーの館の寝室である。 差し込んできた朝陽に眩しさを覚え、目を覚ますオスカーの背後から、腰に何か暖かいものが巻き付いているような感触に驚く。 「…なんだ?! これ…は…」 シーツの上には見覚えのある、銀がかった水色の滑らかな長い髪。 な…?! 何で…だ?! ぐる、と勢い良く振り返ると…自分の腰に絡み付いているのは。 「あ…おはようございます、オスカー…。早いのですね?」 「な、な、な…っ?! リュミエール?! …何でお前が俺のベッドに…?!」 「…オスカー、忘れてしまったのですか? 昨夜の事を…。 わたくし達は、あんなにも激しく求め…愛し合ったというのに…」 「っ?! な…何だって?!」 オスカーはまだ覚めやらぬ混乱する思考を奮い立たすと、昨夜の記憶を手繰り寄せる。 昨夜は…。 危うく、あのままリュミエールの執務室で犯されそうになったので絶対ここではイヤだと突っぱねた挙句、 リュミエールと共にここへ戻って来たのだ…。 食事と共に飲んだアルコールはいつもよりもやや多かったような気はしたが、記憶を無くす程飲んではいない筈だった。 …って事は、だ…。 「リュミエール!! お前…っ!! 俺に一服盛ったろ?!」 「ふふ…やっと思い出しましたか?」 「く…っ!! 何て事をするんだ、お前はっ?!」 「オスカーがあまりにも辛いと思ったからですよ? あなたは…所謂、処女でしたからね。無理はさせたくありませんでしたし…? あれは、ルヴァ様に頂いたモノです。…良く効いたでしょう?」 「しょっ…?! 何を言ってるんだっっ!!」 「…オスカー? 本当に…何一つ、覚えてはいないのですか?」 リュミエールは少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、オスカーに尋ねる。 「…覚えている訳ないだろう? お前のせいなんだから、そんな顔をしても無駄だぞ」 オスカーは顔を逸らし、ベッドから出ようとしたところを再びリュミエールに巻き付かれる。 「う…わっ?!」 オスカーはたやすくリュミエールの下に組み敷かれてしまった。………ご丁寧にも、足を割られている。 よくよく考えてみれば、2人とも一糸纏わぬ…素っ裸である。 こんな朝陽の差す寝室で、恥ずかしいことこの上ない。 「リュミエール?! いい加減にしろっ!!  …俺は着替えてこれからランディの朝稽古に付き合ってやらなきゃならないんだ」 じたばたともがくオスカーの両腕を片手で彼の頭上で纏め押さえると、リュミエールは深く口付けてきた。 この、細い体のどこにこんな力を隠していたのか…。 寝起きで調子が出ないとはいえ、オスカーが敵わない等とは到底考えられない。 「ん…!! ふ…っ…んん…」 まだ無駄な抵抗を見せるオスカーの自身を空いている手で弄ると、急に力が抜け、漏れる吐息は甘い色を帯びてくる。 「く……ん…っ…はっ…」 薬は完全に抜けている筈だが、体が昨夜の快楽を覚えているのだろう。 オスカーは敏感になっており、そこはもう張り詰め、熱く脈動を打っている。 そのまま行為になだれ込もうとしたリュミエールだったが、不意に扉をノックする音に遮られ、2人共我に返る。 「お休みのところ、申し訳ありません。オスカー様、ランディ様がお迎えにみえましたが…」 使用人の声が扉の外から聞こえてきた。 リュミエールとオスカーは顔を見合わせる。 ベッドの脇に脱ぎ捨ててあったガウンを素早く羽織ると、リュミエールが扉の方へ向かう。 「お…おい、リュミエール?!」 オスカーの声を無視し、扉を開けると小声で何かを伝えている。 使用人がリュミエールの言葉にハッと息を呑み、顔を赤くさせたかと思うと慌てて一礼をして去って行った。 何事も無かったかのように再びオスカーの元へと戻って来たリュミエールに、オスカーは問い詰めた。 「お…前、一体何を言ったんだ?」 「……別に…。ありのままを、ですよ」 「…何だ、それは」 「オスカーは昨夜お酒を少々飲み過ぎて、今二日酔いで具合が悪いと伝えただけですよ…?」 「…嘘を吐け!! 正直に答えろよ?!」 しれっと答えるリュミエールに食って掛かるオスカー。 そんな言葉で、あんなに狼狽する筈が無い。 …どうせ、くだらない事を言ったのだろうが…。 「…しょうがないですね。オスカーは私との情事で、体のあちこちが痛むので休ませて欲しい、と言っただけです。 …これで満足ですか?」 「!!!! な…何て事を…!!」 「…事実、でしょう? 実際、辛いのではないですか?」 「!! …お前のせいだろうが…」 「…良く、なかったですか?」 「!?」 「でも、またこれから疲れる事になるのですから、ね…?」 「な…っっ?! 俺は…もうヤらないぞ?!」 「ふふ…何を仰るのですか? ココ…、ほら…ココはそうは言っていませんが…」 そう言って、まだ熱を持ったままのオスカー自身をそっと握り込む。 「 っ!! や…やめろって!! よ、よせ…」 「オスカー? …わたくしは、今、意識のはっきりしているあなたと…愛し合いたいのです。それでも、ダメなのですか…?」 リュミエールは辛そうに眉を顰め、切なげな声でオスカーに問う。 「っ…?! 俺が、もたないと…言ってるんだよ…」 「わたくしと…するのは、嫌…ですか?」 「…だから、そうじゃなく…」 と、バカップルよろしく、すったもんだを繰り返していると、再度扉がノックされた。 2人はまた、扉の方を振り向くと、同時に溜め息を吐いた。 一方は、呆れの混じった溜め息。 …片や、安堵の混じった溜め息。 「…大人しくしていて下さいね?」 リュミエールはオスカーに軽く口付けると、もう一度扉へと向かった。 「た…助かったのか?」 オスカーはベッドから出ると、シャワーを浴びるべく浴室へと向かう。 入り口でリュミエールと使用人が何やら遣り取りをするのを眺めながら、浴室のドアノブに手を掛けた時。 上辺は取り繕ってはいるが、オスカーにだけは判る…その怒りの混じったリュミエールの声に呼び止められる。 「…オスカー?」 「…何だ?」 「今日…ジュリアス様と、遠乗りのお約束をしていたのですか…?」 「あ…? いや、今日は約束はしていないが…どうした?」 「…ジュリアス様のご使者の方があなたをお誘いにみえています…」 「…お前、まさか…断ったのか?!」 「…断ったのなら、わざわざあなたに今、確認しません」 「そ…そうか…。いや…、行くと伝えてくれ。すぐに用意するから」 「……!!」 「? …リュミエール、どうした?」 リュミエールは暫くオスカーの顔をじっと見詰めていたが、やがて踵を返すと部屋の奥へと戻って行ってしまった。 「おい…?! リュミエール?!」 無言で服を着出すリュミエールを、オスカーは呆然と眺めている。 「…早く返事をしないと…お待たせしたままですが、よろしいのですか?」 かなりにべも無くあしらわれたような感は拭えないものの、オスカーは慌ててガウンを引っ掛けると扉へ急いだ。 その間、リュミエールは黙々と着替え進め、全てを身に付け終えたその時、オスカーが戻って来た。 「…では、わたくしはこれで……」 いつものリュミエールなのだが、様子がおかしい。 笑みは浮かべてはいるが強張っている上に、何より…その瞳が全く笑ってはいないのだ。 オスカーはリュミエールの腕を掴み、引き止めようとするが振り解かれてしまった。 「リュミエール? 何を…怒ってるんだ?」 恋人の態度に驚いて尋ねるが、リュミエールはオスカーの方を見ようともせずに答えた。 「……わからないのなら、もう結構です…!!」 オスカーはただ、去って行くリュミエールの後姿を眺める事しか出来ずに…そこに立ち尽くしていた。 「…なんだっていうんだよ?」 ***** 「オスカー? どうしたのだ…? 今日は随分と上の空だが…何か心配事でもあるのか?」 迎えに来たジュリアスと共に、遠乗りへと出掛ける道中にて。   「…オスカー? オスカー!!」 「え…っ? あ?! は、はい!!」 「…どうしたというのだ」 「は…申し訳ありません…」 「何か…あったのか?」 ジュリアスは馬の足を止め、オスカーに尋ねる。 「あ…いや、…実は、リュミエールの様子がおかしかったのをちょっと気にしておりましたもので…」 「…リュミエールが? 具合でも悪いのか?」 「…いいえ、そうではないのですが…。どうも、腑に落ちない点が…」 オスカーは、事のあらましをジュリアスに説明する。 「オスカー、お前…判らぬのか? お前らしくもないな…」 「は…、何です??」 ジュリアスは呆れた様に苦笑しながらオスカーを見遣る。 「…リュミエールは、嫉妬したのだろう?」 まだジュリアスは笑いを堪えつつ、オスカーの様子を横目で盗み見る。 「誰が…誰に…、何ですって…?!」 「決まっている。リュミエールが、私に…だ。お前達は、昨夜一緒に夜を過ごしたのだろう? 余韻の残るその時間を共に出来ぬ事を、そして自分よりも、私を優先した事に傷付いたのだろうな…」 オスカーは危うく、馬からずり落ちそうになった。 「それ…冗談じゃ…?」 「…何だ、本当に判らなかったのか? 私には信じられないが…」 あのリュミエールが…嫉妬?! 唖然としたままのオスカーに、やれやれとジュリアスが口を開く。 「…オスカー、今日はもう帰る事としよう。このままでは、お前が落馬し兼ねないからな」 「は…? いえ、しかし…」 「よい。…どの道…私も散々クラヴィスに文句を言われながら出て来たのだ…。 全く…、少し位は認めてくれてもいいものだが…な」 「はあ…」 「ああ、お前達は違うぞ?」 「な…んで、ですか?」 「昨夜が、初めてだったのだろう?」 真顔でジュリアスに問われ、一瞬何を言われたのかわからないオスカーだったが、 やがてみるみるうちに首まで真っ赤に染まってしまった。 「オ…オスカー?!」 今にも火を噴きそうな程に赤くなったオスカーは、ジュリアスに一礼すると瞬く間に馬で駆けて行った。 「…あれ程までに恥ずかしがる事なのか? あの…オスカーが…???」 ジュリアスは1人残されたまま、しきりに頭を捻っていた…(笑)。 ***** 何だか調子が狂う。 勝手が違うとでも言うのだろうか…。 女とは腐るほど付き合っては来たが、男の恋人を持ったのは初めてだ。 その上、この…オスカーが、う…受けになるとは夢にも思ってなかった事だった。 それに俺がランディや、ジュリアス様と出掛けるのだって、付き合う前から承知していた事実だ。 アイツは嫉妬とか、マイナスの感情からは最も縁遠い人間だと思っていたんだ。 だが…。 俺はアイツのことを…ちゃんと、見ていたのか…? 愛していると口では言いながら、アイツのことを考えてやっていたか…? 同じ男だと思って、無意識のうちに蔑ろにしていたのではないのか…? そんな事を考えながら、リュミエールの館に馬を着けると、扉を叩こうとした時。 そこから見える、庭の噴水の縁に腰掛けているリュミエールが目に入った。 オスカーはそのまま庭へと進み、まだ気付かないリュミエールの背後から声を掛けた。 「リュミエール…」 ハッとして振り向いたリュミエールは、瞳に涙の痕がまだ残っていたのを隠すように再びオスカーに背を向ける。 「…何しに来たんだよ」 「…はぁ?!」 「無断で人の館の庭に入ってくんじゃねぇよ…」 誰だ…?!コイツは………?? 「オ…オイ…、お前…?!」 「…何だよ」 「リュ、リュミエールなのか…?!」 「他にどう見えるんだよ…」 「いや…外見はリュミエールだが、その言葉…」 「…これが本当の俺だよ。水の守護聖サマの時は、それらしくは振舞わないと、な…」 「………」 「わかったら、早く出て行け。…お前はもう俺に用は無い筈だ…」 そう言ってリュミエールは館の中に入ろうとした。 「…リュミエール!!」 オスカーが突然呼び止めたのに、足が反応してしまった。 もうこれ以上オスカーの傍に居たくない…いや、居られないのに…。 「ちょっと…こっち来い」 「…何だよ」 「いいから!!」 渋々とオスカーの傍までやって来るが、微妙な距離をとるリュミエール。 「…何だ、この間は…?」 「何でもいいだろ…。何か用か?」 「…お前、まだ怒ってるのか?」 「…別に怒っちゃいねぇよ」 「…ああ、ヤキモチ妬いてたんだっけ?」 「!!」 リュミエールはオスカーの言葉に怒りの形相を見せるが、すぐに元の穏やかな表情に戻る。 「悪いかよ…。言いたいことはそれだけか?」 「あのな…ちょっと、俺の頬を抓ってみてくれ…」 「…は?」 「頼む…」 訳が判らず、言われるままオスカーの頬を抓る。 「い゛…てて…」 「…当たり前だろ」 呆れ顔で肩を竦めるリュミエールをいきなり抱き締めた。 「な…?! な…んだよ…オスカー?」 「ゴメン…。俺が悪かった…」 絞り出すような声でポツリと呟いたオスカーに、リュミエールの弛んでいた涙腺が再び働き始める。 「…俺のことなんて…どうでもいいんだろ? お前が謝る必要なんて…」 「そうじゃない!! …そうじゃないんだ」 言葉を遮られ、ややビックリしているリュミエールの開きかけた唇を自らのそれで塞ぐ。 「ん゛〜〜!!…ん………」 最初は抗っていたリュミエールも、オスカーの今までに無いほどの甘く、極上のキスに酔い痴れる。 やがて離れた互いの唇からは銀色の糸が2人を繋いでいた。 「な…んで…だよ?」 「俺は…お前と付き合っている自覚が足りなかったようだ…。 つい、いつものペースで過ごすクセが抜けてなかったらしい。それに…」 「…それに…、何だよ?」 「お前が俺にヤキモチを妬くとは、思っても見なかった事だから、な…」 「な?! どういう意味だ、オスカー?! …俺が冗談でお前とヤれるとでも思ってんのか…?!」 「…あのな、ヤるって…。そうじゃない、お前の性格からしてそんな事するとは思ってなかったって事だよ」 「………」 「だが…お前が通常、猫被ってるなんて誰が想像するんだ?」 「っ…!!」 「…悪かったよ。お前に甘えていた部分も俺にはあったし、お前なら許してくれるだろうと、俺が勝手に先走ったんだよな…」 「………」 「…どうした?」 「…俺の…本性を知っても…お前は平気なのか…?」 「…驚かない訳ないだろ?」 「………」 「だが…別に大した事でもない…。お前を失うのに比べたら、些細な事だ」 「…オスカー」 「何だ?」 「本気…なのか…?」 「そんなに信用ならないか?」 「…当然だ」 「…じゃあ、どうしたら信じてくれるんだ? リュミエール様は?」 「………」 「おい…?」 リュミエールは俯いてしまって、何も言わない。 その華奢な肩を抱き締めると、ピクリと震わせるのが堪らなく愛しく感じる。 「…俺だけが知ってるんだろ? 本当のお前を…。今まで隠していたお前を…俺だけに見せてくれ…。 他の誰にも、見せてくれるなよ?」 「…オスカー」 「…何だ?」 「…いいのか?」 「…ああ」 「………」 「リュミエール…?」 「…まずいな…」 「…? どうした…?」 「…すげえ、キた…」 「ま…まさか…?!」 「お前が、悪い…」 「う…わっ?!」 驚くどころの騒ぎではない。 リュミエールは軽々とオスカーを抱き上げて寝室まで運んでしまったのだから。 ***** 「…お前、やっぱ…リュミエールじゃないんだろ?」 「…何をバカな事言ってんだよ」 「…有り得ないだろ?! 何であんな事出来るんだよ?!」 「お前がそうやって騒ぐからだよ…。プライド、傷付くだろ?」 「……!!」 「見た目とのギャップが激しいんだよ、俺は。自覚は充分すぎる程あったからな、そりゃ当然隠してたんだよ」 「…確かに」 「だが、クラヴィスには最初からバレていたんだよなあ…」 「…は?!」 「あの男も相当なもんだよ…。ジュリアス様も苦労なさってる事だろうな…」 「…俺よか、マシだろ?」 「…そうか?」 「…そうに決まってる」 「…オスカー…、わたくしの事…嫌いになってしまいましたか…?」 「!! 何でいきなり変わるんだよ?!」 「…なんとなく?」 「…ダメだ」 「?」 「…参った」 「…何が、ですか?」 「お前が…可愛く見えてしょうがない…」 「!!」 「…惚れた方の、負けだな…」 「…それはお互い様、でしょう…?」 2人は見詰め合い、どちらからともなくキスを交わした…。 「っおい!! まだ…」 「…当然だろ? 俺に嫉妬させた罰だ」 「何だよ、それは…」 「イヤなら、そう言え」 「………」 「どうした」 「別に…イヤじゃ、ないさ」 「!! …なら…黙ってヤらせろ…」 「元気だな…」 「お前のせいだろ…」 仲、いいっスね〜(笑)。 ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆