コンコン。 光の守護聖の執務室をノックする音が聞こえた。 ジュリアスはペンを走らせていた書類から目線を外し、無意識のうちに溜め息をついた。 もうこんな時間か…。 ぼんやりと午後の陽光が射し込む窓を少し眩しげに見遣る。 そろそろ休憩するとしよう…。 ジュリアスはペンを止め、そんな事を考えていた。 すると。 ガチャリ、と扉が開き、遠慮がちに水の守護聖が顔を出した。 「あの…ジュリアス様? 申し訳ございません。ノックをしてもお返事がなかったものですから。 お忙しい所をお邪魔してしまった様ですね…?」 「ああ、いや、すまない。私も少し考え事をしていたのでな。丁度、休憩にしようかと思っていたところだ」 少しほっとした様に、リュミエールが微笑む。 「そうでしたか。…ジュリアス様、少しお疲れなのでは? お顔の色があまり、優れないご様子ですよ」 リュミエールが心配そうにジュリアスを気遣う。 「そうか? 私は大丈夫だ。…まだ…な」 心無しか力なく笑う。 「そう…なのですか? でも、あまりご無理はなさらないで下さいませ。私も、皆も心配しておりますから」 「ああ、承知している。私の事は大事ない。そんなに気を遣わずとも、大丈夫だ、リュミエール。 …そなたにはもっと心配を掛ける者がいるのだからな…」 と、うっかり口を滑らせてしまったジュリアスは一瞬、しまったという様な表情を浮かべたが、さすがは主座の守護聖。 すぐにいつもの態勢を立て直す。 「…? ジュリアス様、それは…」 「いや、何でもない。それよりリュミエール、そなたは私に何か用があったのではないのか?」 リュミエールに今の発言の意味を問われる前に、彼の言葉を遮った。 「え? あ…そうでした。申し訳ありません。クラヴィス様と私の書類をお届けに参りました」 と、何枚かの書類をジュリアスに手渡した。 それにざっと目を通すと、ジュリアスは再び深い溜め息をついた。 リュミエールの方は何の問題もないのだが、クラヴィスの書類は期限をとっくに越えてしまっているものばかりなのだ。 しかし、それは当然の様に内容に不備は全くなく、きちんと処理されている。 なのに何故あの者はいつもいつもこうなのだ…。 「…リュミエール」 「はい、何でしょう?」 「私からも言う事にするが、そなたからもクラヴィスに諭してはくれぬか? 出来ぬ訳でもあるまいに、 何故決められた期限にいつも提出しないのか。私には理解できない、あれの考えは」 「ええ…。私もいつもクラヴィス様には申し上げておりますけれど…。 私ではあまりジュリアス様のお力になれず、申し訳ありません」 「いや…そなたが気にする事はない。全く、あれには色々と頭の痛い事が多過ぎる。他人の手を煩わす等、以てのほかだ」 眉間に皺を寄せ、こめかみに手を当て、溜め息をつくジュリアス。 その様子をジュリアスには申し訳ないと思いながらも、リュミエールは内心微笑ましく見ていた。 本当はクラヴィス様の事が心配で堪らない筈なのに。 ジュリアス様らしいですが…。 クラヴィス様も大変ですね、想い人がこれ程迄に自分の気持ちに鈍感だなんて…。 ――――そうなのだ。 実はジュリアスとクラヴィスはお互い反目しあっている仲、というのが周知の事実なのだが、実際はというと…。 口にはできないが、両想いなのである。 ジュリアスは元来の性格もあるが、光の守護聖という立場も手伝ってか、とてもプライドの高い人間である。 自分から、まして自分を嫌っている(と思い込んでいる)相手を好きだという事にも、 彼自身信じられない部分が大きく戸惑う要因でもあった。 いつまでもこのままでいられる訳がないのは十分承知しているのだが…。 そう。守護聖という立場は非常にあやふやなものである。 自分のサクリアがいつ尽きるのか、当の本人にも知り得ぬ事なのだ。 サクリアを失った守護聖はこの時間の流れの違う聖地を離れ、また普通の人として生活しなくてはならない。 聖地での一年が外界では一体何十年経つのか。 何れ、どちらかのサクリアが尽き、別れる時が来たら…。 そう考えるだけでジュリアスは心を激しく乱してしまうのだ。 辛うじて彼のプライドによって保たれているので、他人にそれを悟られる事はまだない。 「ジュリアス様。あの…クラヴィス様と一度ゆっくりお話されてみては如何ですか? いつもの様に一方通行のままではクラヴィス様のお考えも、ジュリアス様のお気持ちも伝わらないでしょうし…」 「……リュミエール? そなた、何か知っているのだな…?」 ピクリと器用に片眉を上げ、ジロリとリュミエールを見る。 リュミエールはその表情に少しも動揺する事無く、ふ…と柔らかい笑みを零す。 さっきまで死にそうなお顔をしていたのに…。 クラヴィス様の名を聞いただけで、心を乱されるジュリアス様もとても魅力的ですね…? そんな事を考えながらリュミエールは穏やかに続ける。 「…いいえ、私は何も…。それに、こういった事はお二人でゆっくりと話し合われた方が良いと思いますし…」 「……それはできぬ」 少し辛そうな顔を見せながらも、きっぱりと言い切ったジュリアスにリュミエールは驚いた。 「何故ですか? ジュリアス様」 「あれは…クラヴィスは、私と話をしたがらない。だからいつも、私が腹を立て説教する事になるのだ」 ああ、とリュミエールは納得した。 全くクラヴィス様は…余りやりすぎてはジュリアス様がお気の毒ですよ…。 つまり、こういう事なのだ。 クラヴィスは、ジュリアスが自分に積極的に関心を向けさせるには、彼の性格を考慮すると職務怠慢というのが 一番効果があると考えた。 ストレートに告白しても良いのだが、あのお固い光の守護聖様は真面目に取り合わないのは目に見えてわかっていたからだ。 ジュリアスは自分で自覚してるのかできないのか。 クラヴィスの事を想っているのはクラヴィス自身とっくの昔から気付いていているのだが、急いては事を仕損じる、 という結果にもなりかねない。 そう思い、怒りの矛先を自分に向けさせ、自分の事ばかりで頭を悩ませ、一杯にさせて自分への想いを自覚させようと。 あわよくば、ポロリと告白させてみようとまで考えているのだ。 実際、まんまとハマってしまっていますが…しかし、これはちょっとやり過ぎでは…? 「大丈夫ですよ、ジュリアス様。私の方からもクラヴィス様にちゃんとお願いしますから。 ですから、一度、クラヴィス様と…」 「そなたの言う事なら聞き入れるのだな…」 目を伏せ、どこか寂しげに呟くジュリアス。 「あ…あの、ジュリアス様、そういう訳では…」 何だかイヤな方向に行きそうなジュリアスの思考を何とか宥めようとリュミエールは慌てた。 「…わかった」 「え? あ、あの…、ジュリアス様…?」 何かを思い切った様子のジュリアスにオロオロするリュミエール。 「そなたがそうまで言うのなら、クラヴィスと話をしてみる事にしよう。だが、どうなる事か目に見えているがな…」 自嘲気味にジュリアスが言った。 「いいえ、いいえ!! そうではないのです、ジュリアス様。クラヴィス様は…」 「ああ、わかったから、心配するな。私もそう大人げない人間ではないつもりだ。この機会に、あれの考えを聞く事としよう。 世話を掛けてすまなかったな、リュミエール。……さあ、これでこの話は終わりだ」 ジュリアスはさっさと机に戻ると、何もなかった様に再び執務に没頭していくのであった…。 「ジュリアス様…」 リュミエールは思わずほろりとこぼれてしまう涙にも気付かず、一礼して光の守護聖の執務室を後にした。 「……泣いていたのか…? リュミエール…が…何故…」 その一筋の涙にジュリアスは気付いていた。 ***** リュミエールは走っていた。 いつもなら後輩である守護聖達に注意をしている立場の彼が脇目も振らず、ある場所を目指し一心不乱に走っていた。 途中でようやく自分が涙を流していた事に気付き、立ち止まって慌てて目元を手で擦る。 「あの…腹黒男…!!」 ボソッと、しかし腹の底から唸るような呟きを発した。 途中ですれ違った執務補佐官に驚き振り向かれたが、リュミエールはにっこりと優雅に微笑み、補佐官を煙に巻いた。 こうしてはいられません。早く行かなくては。 気を取り直し、目的の場所へとリュミエールは急いだ。 *** ――――バタンッ!! いきなり全開にされた執務室の扉の音にも、少しの動揺も見せないその部屋の主は、 外を眺めていた窓からゆっくりと顔をこちらに向けた。 「……どうした、リュミエール? 騒がしいな…」 「…クラヴィス…こンのサド男っっ!!」 何やらリュミエールはご立腹の様である。 「…目をそんなに赤くして…。何かあったのか?」 普段と何ら変わりない態度をとる男、クラヴィス。 「…あのなぁ、あんた、自分のやってる事、わかってんのか?! 作戦だか何だか知んないけどな、あれじゃジュリアス様が…」 語気を荒げ、リュミエールがクラヴィスに噛み付かんばかりの勢いで捲くし立てる。 普段のたおやかで柔らかな物腰の水の守護聖の片鱗も見られない、リュミエールの剣幕にも動じないクラヴィス。 またそれがリュミエールの癇に障るらしく。 更に怒りを露にするその様子に、クラヴィスも何か感じるところがあったのだろう。 成る程…。 今書類を持って行った時に何か話をしたのか…。 クラヴィスは尚もしれっとした顔を崩さない。 「どうした…? あいつが涙でも流したか…? それにお前がもらい泣きってところ…か」 クツクツと楽しそうにクラヴィスが笑う。 「あんた…本っ当にイイ性格してるよなぁ? ガキのやってる事と大して変わんねーんだよっ、全く。 あの方が人前で泣く訳ねーだろがっ!! 当然、判ってて言ってんだよなぁ? ああ?!」 ――――この二人、公の場では表面上取り繕ってはいるが、二人きりになると非常に砕けた関係にある。 別に付き合っている訳ではなく、ただ単に素を見せ合う仲というだけで。 リュミエールは、水の守護聖である時の性格は逆に世を忍ぶ仮の姿、とでも言うのか。 所謂猫を被っている状態なのだ。 本来の彼は気性が激しく、喧嘩っ早い面もあり、口調もこの通りである。 最初からリュミエールの素を見抜いていたクラヴィスに今更猫を被る必要も無く、彼も安心して振る舞えるのだ。 また、クラヴィスの相当な腹黒のイイ性格も感じ取っていたリュミエール。 要するに同類同士、お互いに不穏なオーラが呼び合ったとでもいうのだろうか。 もちろん、この事は誰も知る由のない事実である…。 「…ま、冗談はさておき。…何があった?」 机の上で両肘をつき、掌を組み顎を乗せる格好でさっきよりは真剣な面持ちでリュミエールに尋ねる。 リュミエールはクラヴィスがちゃんと話を聞く態勢でいる事を理解すると、少し落ち着きを取り戻したかの様に話し始める。 「ジュリアス様はああいう方だから…。何でも御自分一人で抱え込んでしまわれるんだ…判ってんだろ? 誰にも吐き出せず、ずっと悩み続けて…。それもこれも全部あんたの事でだよ!!」 リュミエールは怒りで震える拳をグッと握った。 「ぶっちゃけ、そろそろ精神的にも限界だろうよ。しかも、あろう事か俺とあんたの事を誤解なさってるよ、あの方は…」 クラヴィスは黙って聞いている。 「あんたと話する決心ついたってさ。…なあ、もうそろそろ正直に言ってやったらどうなんだよ? 俺まで巻き添えにすんなっていつも言ってんだろうが?! ジュリアス様に誤解されてオスカーに話が流れでもしたら、 マジで面倒なんだよ…。俺がこれからアイツをオトそうって時によ!!」 そう、リュミエールはオスカーに惚れているのだ。 またこの二人も光と闇の守護聖達にも劣らず、不仲とされている関係。 一度はうっかりオリヴィエに奪われてしまったが、当然というか、やっぱりというかオスカーは振られ、 やっと狙っていたチャンスが来たのだ。 このリュミエール曰く、サドクラヴィス(笑)に振り回されているうちに、また横から誰かにかっ攫われては困る、というのだ。 またそんな事になったらリュミエールは水の守護聖ではなくなってしまうだろう…と真剣にクラヴィスは思っている。 リュミエールを怒らせると、後が面倒だ…。 クラヴィスがぼんやりとそんな事を考えていると。 「おいっクラヴィスっ?! 聞いてんのかっ、あんた!! あんたの話をしてんだよ、俺は!!」 「…ああ、わかった、わかったからそんなに頭の上で怒鳴るな。…響いて仕方がない」 額に手を当て、もう片方の手で制する格好をする。 「ケッ、そんなの知った事か。兎に角。真面目に話せよ? 何度も言うが、マジでギリギリまでキちまってるからな」 「…ああ、判ってる。悪いな、リュミエール」 クラヴィスは滅多に見せない笑顔をリュミエールに向ける。 「全く…。その顔を一度でも見せてやりゃあ済む事だろ…。一体ジュリアス様もこんなサド男のどこがいいんだか…」 と、まだブチブチと文句をたれているリュミエールを余所にクラヴィスは考えた。 そうだな…そろそろ仕上げ時だろうな…。 これ以上本気で誤解されても好転しないだろう…。 クラヴィスは今夜、ジュリアスをどう自分のモノにするかを、楽しそうに目論んでいた。 ***** その日、ジュリアスの使者より今夜話がしたいので、時間を取って欲しいとの伝言があった。 クラヴィスは自分の私邸で応じると答えた。 一方、ジュリアスは昼間のリュミエールとのやり取りを思い返し、考え込んでいた。 なぜ、あの時リュミエールは泣いていたのか。 やけにクラヴィスと話し合う様に繰り返していたが…。 クラヴィスはワザとやっている訳ではない事を主張したかったのだろうか? 事の真偽は定かではないが、クラヴィスにも正当な理由があっての事で、それが私に伝わらない事に遣り切れず、 涙をこぼしたのか? 兎に角。 リュミエールがクラヴィスを庇っているのは確かだ。 「私も随分と弱いものだ…」 クラヴィスの事を考えると、いつもの冷静な自分を保てなくなるというのに。 あの二人が想い合っていると想像するだけで嫉妬にかられ、執務にも身に入らなくなる事さえある。 「話などするだけ無駄かもしれぬ…」 今以上に惨めな気分になるだけだろう。 ジュリアスは自分の決断に後悔していた。 まずいな…。 だんだん気が滅入ってきた。 ジュリアスはギリギリまで迷ったが、どうせ遅かれ早かれ訪れる事になるだろうと、 当初の予定通りクラヴィスの館へ向かう事にした。 ***** 館に着いたジュリアスは使用人に取り次いでもらい、クラヴィスの居る部屋へ案内された。 そこはほの暗く間接照明のみで灯された空間で、闇の守護聖らしい場所だった。 暗いと言ってしまえばそうなのだが、かといって重苦しい訳でも、居心地が悪い訳でもない。 ちゃんと計算されているのだろうか、不思議と落ち着いた空気で満たされているのにはジュリアスも感心した。 「…来たか…。遅かったのだな…?」 通された部屋に、その主は佇んでいた。 手にはいつも彼が持ち歩いている、タロットカードが見える。 絵柄はこちらには見えないが、良いカードでも出ていたのだろうか。 その表情は僅かに微笑んでいたような気すらしたのは、このほの暗い照明のせいなのだろうか…? 静かに口を開いたクラヴィスに、ジュリアスはビクリ、と肩を震わせた。 自分でも気付かぬ内に、そんなに緊張してたのか。 「あ、ああ…済まなかった。色々と雑務をしているうちに…な」 頭に響いてきた声音は、少しが硬い様な気がする。 「フッ…。相変わらずだな。そこのソファーに掛けるとよい。……何か飲むか?」 どこか楽しげに見えるクラヴィスを怪訝そうにジュリアスは見ていた。 「いや…遠慮しておこう。話はすぐに済むからな」 「そうか…? では、勝手にやらせてもらうぞ」 「ああ、構わない」 クラヴィスは使用人に一言二言、言いつけて運ばれてきたアルコールに口を付ける。 ジュリアスは何かを考え込んでいる様だった。 暫くその様子を見ていたクラヴィスが沈黙を破った。 「…それで、話とは何だ?」 ジュリアスは深い溜め息をつき、口を開いた。 「そなたもわかっているだろう? 何故執務を疎かにするのだ。能力も経験も守護聖として何の問題も無い筈だ。 私もそなたにこんな事を言う気はもうない。もう少し周囲の人間にも気を配るべきではないのか? いつもそなたの心配をし、想っているリュミエールも気の毒だ。……私の言いたい事はそれだけだ。 改める気が無いのなら好きにすれば良い。私はもう、疲れた…」 ゆっくりと力なく立ち上がろうとするジュリアスを押しやり、元に居たソファーに覆い被せる様な格好でクラヴィスは言った。 「本当にそれだけか?お前の話というのは…?」 両腕を押さえ込まれ、脚の間にはクラヴィスの片膝が割って入っていて、身動きの取れないジュリアスは自分の状況が よくわかっていなかった。 「っ……?! なっ、何をしている、クラヴィス?! 私の上から早く退かぬか!!」 怒りの為か、恥ずかしさの為からか真っ赤になって必死で振りほどこうとしている。 そんなジュリアスがとても可愛らしく、クラヴィスはもっと苛めたい…とか考えていた。 「…いいから、答えろ。リュミエールが私を想っているとか言ったな…? 何故そのような事を思うのだ?」 クラヴィスは相変わらず無表情のままだったが、瞳にはいつもより力が篭もっている様にも見える。 「何を言っている…? リュミエールはいつもそなたの事を心配して傍にいるではないか。 そなたも私が言うより、リュミエールの言葉に耳を貸すのであろう…?」 ジュリアスは視線を逸らしながら小さく反論する。 固く目を閉じ、動揺を悟られないようにジュリアスは言った。 「それに……今日、そなたの事でリュミエールが泣いていた…」 「リュミエールが私の事で泣く…? それこそ、有り得ないな…」 苦笑しているクラヴィスに、ジュリアスは怒りを露にする。 「なっ…、何がおかしいのだ?!」 「いや…、ただな…」 全くクラヴィスという男は掴み所の無い人間だ。 自分も一体こんな男のどこが好きなのか…。 考える程眩暈がしてくる。 「クラヴィス…」 「…何だ?」 まだどこか楽しげな様子のクラヴィス。 依然、体勢はさっきから二人共、微動だにしていない。 「……そなたが私の事を良く思っていない事は判っている。だが、職務と私情を混同するな。 そなたもイイ年してそんな事が判らぬ訳でもなかろう…?」 言い終わらぬ内に上にいたクラヴィスから物凄くどす黒いオーラを放ちながら眉間に皺を寄せ、 怒りに満ちた瞳で自分を睨んでいる事に気付き、驚く。 「……クラヴィス?」 「言いたい事はそれで終わりか…? 光の守護聖様よ…。 誰が誰の事を嫌っていると? 誰がいつ何時(なんどき)、そんな事を言った…?!」 いつもと激しく様子の違うクラヴィスにジュリアスも付いて行けず、ただただ呆然としているだけだった。 ここまで激昴したクラヴィスは初めて見る。 いや、感情を露にした所を見た記憶がない。 幼少の頃でさえあまりその感情を表に出さない、大人しい人間だったのだ。 何故クラヴィスが怒るのだ…? 全く以て判らぬ…。 私は何か間違った事を言っただろうか? …いや、私には思い当たる節はない…。 「何時って…、私に対し、そうとしか思えない態度をとってきたのはそなたの方であろう…?」 ジュリアスは全く判らない、といった様子でクラヴィスに反論する。 …暫し見つめ合う二人。 「ほう…。では、私はお前に嫌われていたのか…? そうか。そういう事だったのか…」 怒りと悲しみが入り混じった様な瞳で呟くクラヴィスを驚きの表情で見入るジュリアス。 「なっ…、私がいつそんな事を言った…?!」 …むしろ、私がこの男を愛しているなどとは、口が裂けても言えぬがな…。 これ以上関係を悪化させたくはない。 だがしかし…この状況は何とかならないものか…。 大体、私にいつまでこんな格好をさせるのだ、この男は? 「では…違うと言うのか? ジュリアス…」 ニヤリ、という音が聞こえて来そうな笑みを浮かべるクラヴィスに少々怯えるジュリアス。 またそれを嬉しそうに見ているこの男…。 あからさまに不気味である。 「わっ、私は…。お前を嫌ってなど……いない…」 だんだんと尻すぼみになっていく言葉に自分で恥ずかしくなり、赤くなってくる顔を見られない様に俯くジュリアス。 すかさずクラヴィスはその顎を掴み、上を向かせ視線を無理矢理合わせる。 「嫌いでなければ何なのだ? …ジュリアス、私はお前の本当の気持ちが知りたいのだ…」 あと少し、バランスを崩してしまったらお互いの口唇が触れてしまいそうな距離に、もうジュリアスは頭がパンク寸前である。 な、何で…こんなに顔を近付ける必要があるのだ…?! もう私には何が何だか……。 「…ジュリアス?」 瞳を覗き込む。その真剣な眼差しが有無を言わさず答えを促している。 …どうしても言わせたいらしいこの男…。 どうする? 正直に言うべきか…いや、私が好きだと言って誰が信じるというのか。 それに私達は男同士なのだ…。 普通に考えて受け入れられる訳がない。 自分自身、気の迷いではないのか、何度も何度も自問自答してきた事なのだ。 だが…そうして出した答えは、何ら変わる事はなかった。 やはり、この男を愛して止まない。 決して、伝える事は無いと思っていた言葉。 それを言えば、この苦しみから解放されるのか。 更に自分を追い詰める事になるのではないか。 答えは単純なものなのだろう。 知りたくなくとも、誰が知ろうとも、ただ一つのみ。 それを自ら掴み知るのには勇気が要り、それが真実だとわかっていても、どうしてもその一歩を踏み出せずに居る。 もう上手く考える事ができなくなってしまった。 この状況から脱け出す事ができるなら、もうどう思われようと構わない。 ジュリアスは半ば自棄になり、腹を決めた。 「…判った。言えば良いのだろう。私の気持ちを…」 キッとクラヴィスに視線を合わせたジュリアスのその瞳には涙で潤み、瞬きをすればこぼれてしまいそうな程だ。 クラヴィスはそれを見た瞬間、今すぐにでも押し倒し襲ってしまいそうな衝動を必死の思いで抑える。 すると、組み敷いたジュリアスの口から、消え入りそうなか細い声で絞り出すように呟かれた言葉。 「私は………私は、お前を、……愛している…」 視線を思い切り逸らし、何かから必死で耐えるような表情のジュリアス。 もう赤くする所は残ってないという程、真っ赤になっているジュリアスに、クラヴィスは満足げに微笑む。 「やっと…言ったな…?」 そう言うと、クラヴィスはジュリアスに口付けた。 「っ?!」 いきなりのクラヴィスの行為に一瞬何が起きたのかわかっていないようだったが、だんだん正気を取り戻したのか。 必死に逃れようと激しくもがきだした。 それでもクラヴィスはジュリアスが逃げるのを許さないとばかりに、息を求めて開いた口唇がら舌を割り込ませ、 深く口付けてゆく。 ―――――それはどの位の時間だったろうか。 既にジュリアスは抵抗を止め、クラヴィスのされるがままになっていた。 固く閉じられたその瞳からは涙が幾筋も流れていた。 やっと口唇を解放され、半ば放心状態になっていたジュリアスが呟く。 「…何故…、こんな事をする…? 私をからかっているのか…?」 一度流れ出た涙は止まることを忘れ、それを拭いもせずにポロポロとまるで子供の様に溢れさせてゆく。 その涙を口唇と舌で拭いながらクラヴィスは言った。 「そうではない…。わからないのか? 私も、お前を愛している…。そうでなければ…私はこんな事はしないぞ」 「なっ…そ…んなっ事…、信じられぬ…。だ、第一そなたはリュミエールと…」 「リュミエールは関係ない。さっきも言っただろう…? あれが泣いたのは、お前の事が原因だ」 「…私の?」 さっぱり話の見えていないジュリアスの様子にクラヴィスは苦笑しながら続ける。 「あいつは、お前が自分と私の事を誤解していると怒鳴り込んで来た。それもこれも私がそう仕向けたからだとな。」 「仕向けたって…何? どういう事だ。クラヴィス…?」 「お前が限界まで追い詰められたのを見ていられない。…そう言っていたのだ」 「…クラヴィス。私の質問に答えないつもりか?」 ジュリアスは少し苛つきを覚え、険しくなる口調で問い詰める。 「だから、答えただろう?」 どうやらこれ以上言う気はないのだろう。 それにまだ気になる事がある。 「…では質問を変えよう。…リュミエールは私が誰を想っていたのか知っていたというのか?」 「当たり前だ。私とてとっくの昔に気付いていたぞ…?」 「っ!!」 また泣き腫らした顔を真っ赤にさせている。 「お前は知らなかったのだろう? 私は随分と前から長い間、お前に心を奪われていたのを…」 呆然とした表情でクラヴィスの顔を凝視しているジュリアスに、クラヴィスも苦笑を零す。 「…ニブイお前に気付かせる為に、色々と私も苦労したのだぞ…。結局、最後まで気付かぬままで…。 私の計らいも徒労に終わったという事だ」 「で…、では、私達はずっと前からお互いを……?」 未だ信じられない、といった表情のまま尋ねるジュリアスに、誰も見た事のない優しく極上の笑顔で答える。 「……そういう事、だ…」 ジュリアスは脱力してまた涙が勝手に溢れてきてしまう。 「…ああ、もう泣くな。お前が泣くと、私が辛い…」 優しく頬を両手で包み、涙を親指でそっと拭いながら、額同士をコツンと当てる。 「…そなたが泣かせているのだ…」 「…そうだったか?」 「そうだ。そんな…急に優しくされても…困る…」 困ったような、恥ずかしいような。 くすぐったい気持ちを持て余し、ジュリアスは視線を合わせられない。 「…ああ、もう…そんな顔をするな…」 初めて見るジュリアスのその素直な反応に堪らなくなり、ぎゅっと抱き締めた。 滑らかな髪の中に指を差し入れ、頬を撫でる。 「なっ…」 「…その可愛い顔を、私以外の者に見せるでないぞ…?」 ちゅっ、と紅く染まっている口唇にキスを落とす。 「かっ、可愛いとは何事だ?!」 …だから、それだと言うのに。 「わかった…、何度でも言ってやる。私の愛しい恋人は可愛いすぎて、この腕から離したくないとな…?」 「クラヴィス?!」 「…大人しくしろ。そんなに喚くな、キスも出来ないではないか」 「!!」 「…こちらを向け…」 「っ、クラっ…んっ…、ふ…あ…っ」 舌が絡み合う度に唾液の音が響く。 それだけでも恥ずかしくて死にそうになるのに、感じてしまう自分が信じられない。 「……ジュリアス。もう私の側から離れるな。私以外の者を見るな。私だけを見ていろ。お前を…愛している…」 「クラヴィス…。ああ、私もそなたを愛している…」 再び互いの口唇が重なり合う。 慈しむように、相手を確かめる様に…。 愛する人とのそれは、暖かく心が満たされるものだとジュリアスは知る。 クラヴィスはその先の行為へと想いを馳せるが、この初心な恋人にはまだまだ時間が必要だろう。 想いは通じ合ったのだ。これからいくらでも出来る。 クラヴィスは抱き寄せた恋人の頭を優しく撫でながら、そんな事を考えていた。 ***** 晴れて恋人になれた二人。 取り敢えず、上手くいって本当に良かったと胸を撫で下ろすリュミエールは語る。 「あのサド男にかかっちゃジュリアス様も苦労するだろうな…。まあ…本人同士がいいってんなら、それでいいんだけどよ。 …ただ、俺にもう被害が出ない事を祈るだけだな…」 リュミエール、彼の災難もまだ終わりではない。 ま、そういうコト。 あとがき イヤ、どうなんですかね、コレ…(苦笑)。 リュミエールはかなりこの二人にオスカーと共に振り回される、って考えてたんですよね。 それぞれ仲が良いじゃないですか。 クラヴィスとリュミエール、ジュリアスとオスカーで嫉妬させるネタ、たくさんありますからねえ(笑)。 ジュリアスがこんなに悶々と思い悩むのは、相手がクラヴィスだからに他ならないと思います。 子供の頃からずっと一緒に居る相手に何年も片想い、ってかなり萌えます…(笑)。 彼らには幸せになって欲しいです♪ おかしな話ですみませんでしたm(_ _)m 06/11/24加筆修正。 ☆BACK☆☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆