明日は日の曜日。 二人が付き合うようになってから二ヶ月程が経とうとしている。 今日もいつもの週末と同じ。 二人はオスカーの私邸で夕食を終え、寛いでいた。 先程から飲んでいたワインがほろ酔い加減になってきた頃。 オリヴィエは僅かに頬を染め、ソファーに凭れたまま隣に座ってグラスを傾けているオスカーを眺めていた。 その視線に気付いたオスカーは少しワインが効いているのか、そのアイスブルーの瞳をやや潤ませ、オリヴィエに微笑む。 「…どうした? 今日は酔うのが早いんじゃないのか?」 手入れの行き届いたその柔らかな金色の髪を優しく撫でる。 頬から顎にかけて緩くウェーブするラインを辿りながらそっと細い顎を捉え、軽く啄ばむ様なキスをする。 ちゅ、と音をたてながらそれはだんだん深くなってゆく。 そのままいつもの様にオスカーがオリヴィエを押し倒そうとした、正にその時。 「あのさ…」 このタイミングでオリヴィエが口を開くのは珍しい。 「うん?」 オスカーは別段気に留める事無く、愛撫する手を止めようとしない。 背中に回した手が肩甲骨から背骨にかけてなぞり、首筋から鎖骨へと幾つもの紅い華を散らしてゆく。 その度にオリヴィエの体は跳ね、堪え切れない声が漏れる。 「あっ…んぅっ、ねっ、ねぇ、ちょっと…!!」 「ん? 何だ? 言いたい事がさっさとあるなら言えよ」 「やぁっ、…ん、もうっ…止めてったらっ!」 少し怒声の混じったオリヴィエにオスカーはやれやれといった風に肩を竦め、腕を背中と腰に回し上体を起こしてやり、 向かい合う形で言った。 「どうした? 何がご不満なのかな、俺の姫君は?」 瞳を見つめながらオリヴィエの右手の甲にキスをする。 「今日はさ、私が上になるよ?」 少し上気した顔で、オスカーの視線を外さずにオリヴィエが妖しく微笑う。 「……はぁ?!」 思わず裏返りそうになる声を上げ、ポカンとしているオスカー。 「あぁ、上っていうのはね、騎乗位って事じゃなくて私が攻めって事だよ?」 「んなっ…!?」 ………暫しの沈黙。 何時まで経ってもオスカーの意識が戻って来ないので、オリヴィエはそのまま続ける。 「成り行き上、最初から私が受けだったでしょ? ずっと我慢してたんだけど、そろそろ私もね…」   と、四つん這いになり、オスカーの耳に吐息が掛かる程に口を寄せて甘く低く囁く。 「限界なの」 オスカーは驚き、耳を両手で押さえながら思わず飛び退る。 「なっ、なっ、なっ…何をっ?!」 すっかりさっきの酔いは何処へやら、オスカーは青くなり、イヤ〜な汗が背筋を流れてゆくのを感じながら、 しどろもどろでオリヴィエに問う。 「おっ、お前別に最初の時、抵抗しなかったじゃないか?! 俺はちゃんと、確認、した…っ、したよな…?!  お前を…、抱きたいって…?!」 「ああ、最初はね。まあ、いきなり突っ込まれたらショックでかいと思ってさ。変にプライド傷付けてほら、 トラウマにでもなられても困ると思ったしねぇ?」 と、けろりとした表情でオリヴィエは言い放つ。 「言ってなかったっけ? 本来私、リバなんだよね。それもややタチ寄りだからさ、毎回受けってのは正直キツイんだよねぇ…」 と、だんだんオリヴィエが間合いを詰めてくる。 「やっ、俺はそんなの聞いてないし、ムリっっ!! 無理だっ!! お、俺が受けなんて…有り得ないだろっっっ!!」 必死で抵抗するオスカー。 「あら、どして?」 その間にもオリヴィエはじりじりとオスカーににじり寄る。 「別に男同士なんだからさ、どっちが攻めになってもいいじゃないのさ。あんたも一度、ココの味を知っておいた方がイイって?」 素早くオリヴィエはオスカーの背後に手を回し、その場所をなぞる。 「うわあっ!? どこ触ってんだっ、お前はっ!!」 オスカー、既に半泣き状態である。 力で捩じ伏せるのは簡単だが、オリヴィエの事だ。 無理矢理そんな事をしたら、もう二度と触れさせてはくれないだろう。 それに別れるだの、他の守護聖とするからいいだのと言い兼ねない。 オスカーとしてもそれは避けたい所だし、かと言って強姦する趣味も持ち合わせていない。 何とかこの場を上手く切り抜けられないものだろうか…。 顔面蒼白になりながらも、思う様に回ってくれない思考をフルに巡らせる。 「ねっ? だから。今日は私がオスカーを…」 「いや、待て。」   オリヴィエの言葉を待たずに遮る。 「何、まだ文句あるの?」 オリヴィエは不満を露にする。 「ああ、いきなりそんな事を言われても、俺としてもやはり心の準備ってモノがあるだろ? だから、交換条件だ」 「なぁに? オスカー。そんな事言って、本当は逃げる為の口上じゃないの?」 「いや、これがお前に出来るのなら、俺も男だ、もう逃げない。…誓ってもいいぜ?」 「…へーえ。本気なんだ? 男に二言はないよね?」 「ああ」 「ふふっ。ま、いいでしょ。確かにアンタには酷かもしれないしねぇ。で? 条件って何よ?」 「…フッ。いいか、良く聞けよ。お前は3日間、一日中スッピンで過ごす事。執務中もずっとだぜ。 どうだ? お前にそれが出来るか?」 「……はあ?!」 今度はオリヴィエの声が裏返る。 「なっ…?! ちょっっと何言ってんの、オスカー!!そんな事私がやる訳ないでしょーがっ!!」 「じゃあ俺も突っ込まれるのはゴメンだな。交渉決裂って訳だ。ま、しょうがないよな、出来ないって言うんだから」 「ちょっと!! 卑怯だよっ、オスカー!! そんなの飲める訳ないじゃない!!」 「ああ、俺は構わないぜ、このままの関係でも俺は別に何の問題も無いし…な?」 と、余裕の笑みを見せるオスカー。 オスカーはオリヴィエを自分の腕の中に引き寄せ、後ろから抱き締めるカタチになり耳元で囁く。 「なあ、オリヴィエ。何より俺はお前が俺の手で乱れていく姿が見たいんだよ。アノ時のお前は何というか…。 どんな女よりも綺麗で、艶めかしくて、色っぽくて…すごくクるんだよ。だから…」 「イ・ヤ!!」 ブチ切れてしまったオリヴィエにオスカーは一瞬たじろぐ。 「オ、オリヴィエ…?」 「もういいよ、アンタとは性の不一致って事でコレでお別れだね!」 「 いっ?! 何でそうなるんだ?!」 「あら、だってそうでしょ?! これじゃいつまでたってもエッチできないじゃないの!!」 確かにそうである。 互いの主張が平行線のこのままでは埒があかない。 しかし。 それだけはオスカーにとって、死刑宣告も同然。 目の前で怒っている恋人は、惚れて惚れて惚れ抜いて、長い時間をかけてようやく手に入れた本当に大切な愛しい人なのだ。 それがまたこの俺の腕からするりと逃げて行ってしまうのか…? それだけは…。 「なあ、オリヴィエ。どうしてもダメか…?」 「何が?」 まだ少し怒っているのが後ろからでもわかる。 どんな表情かまでは窺い知ることはできないが。 「お前は俺と別れたいのか?」 オスカーのオリヴィエを抱き締める腕が微かに震えている。 「俺はお前を手放す気はない。…愛しているんだ。お前でなければ、意味が無い…」 「オスカー…」 オリヴィエはオスカーの腕を上からそっと抱き締めた。 「私だって同じだよ、オスカー。私もアンタしか欲しくないんだ」 「オリヴィエ…」 オスカーは少し安堵の混じったため息を洩らす。 「でも…片方だけがガマンを強いられる関係なんて私はイヤなんだよ。アンタとは愛し愛される、対等な恋人でいたいからね…?」 オリヴィエの言う事も尤もであり、それについてはオスカーも同感だ。 ただ…。 「ねぇ、オスカー?」 「何だ?」 「アンタの抵抗する気持ちもわからなくはないけどさ。同じ男として、恋人が目の前に居るのに手を出せない辛さもわかるよね?」 「……ああ」 「ねぇ、毎回そうしろって言うんじゃないんだよ。たまに、でいいんだ。それでも…、ダメ…かな?」 オスカーは正直迷っていた。 オリヴィエの気持ちも十分にわかる。 わかる…。 わかるんだが…。 イヤ、本当にわかってやれているのか? 俺は……。 元々、オスカーは自他共に認める天性の女たらしだ。 だが、今は他の女などどうでもいい。 オリヴィエだから惹かれた。 そこに性別云々等存在しなかった様に、ごく自然にオリヴィエという人間に惚れたのだ。 そして自分を受け入れてくれた、可愛くて愛しい恋人の願いとあれば何でも叶えてやりたいのも、事実なのだが。 だが、やはり躊躇は拭いきれない。 しかしオスカーにとって、オリヴィエを失う事に比べたら。 それはごく些細な問題にしかならない。 所詮、考えるだけ無駄というものだ。 オスカーはオリヴィエにベタ惚れなのだから…。 オリヴィエは、黙りこくったままのオスカーを少し不安げに見つめている。 「……オスカー…?」 「わかった」 「へっ?!」 いきなりの返事にオリヴィエが目を丸くして首を傾げる仕草に、オスカーは愛しそうに見つめながら続けた。 「好きにしたらいい。最初から俺はお前のモノだからな。…知っていたか? 俺は自分で思う以上にお前に参っているらしい…」 「…オスカー」 「ただし…。俺は初めてなんだからな。優しくしてくれよな…?」 「もちろん!! 任せといてよ☆」 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる恋人に、オスカーも頬が緩む。 この顔に弱いのだ。 しかしオスカー自身、本当にこれで後悔しないかと思う気持ちも無かった訳ではない。 「なあ…。俺からも一つ、頼みがあるんだが…」 「なに?」 「その……、俺をヤる時は…スッピンでいてくれないか?」 「へ…? どしたの?」 何だかオスカーがバツが悪そうにして言うので、オリヴィエはきょとんとしている。 「う〜ん…。いつもの綺麗にメイクされたお前に抱かれるってのはどうも…な。恥ずかしいと言うか何と言うか…。 変なカンジだと思ってな…」 …オスカーも意外と繊細だったんだねぇ。 「イイよ、その位」 「はぁ? 何だ? やけにあっさり受け入れるんだな?」 オスカーは驚きと呆れが入り混じった顔でオリヴィエを見ている。 「だって、オスカーが正直に話してくれたから」 「ん…? あ、ああ…、そういう事か」 「そうだよ☆」 クスクスと笑いながらオスカーに軽くキスをする。 「愛してるよ、オスカー」 「ああ、俺もだ。愛している」 ……しかし。 オスカーがこの後、心底後悔するハメになろうとは、誰も知る由もなかったのである…。 ♪オ・マ・ケ♪ 「あ、そうそう。言っておかなくちゃ」 「何だ? まだ何かあるのか?」 「私はあまり自覚なくって、よく相手に言われるんだけど。攻めの時は私、かなりシツコイらしくって。」 一瞬にしてオスカーの顔から血の気が引く音が聞こえたような気がした…。 「オリヴィエ…。冗談、だよな…?」 「まあねぇ。相手が出なくなっちゃうまで責めるから…。私が攻めになるのはホントにたまにだからかな?」 その分、回数と内容で補おうというのか。 「……有り得ないだろ、そりゃ…」 「ふふふっ。泣いても、気絶しても、容赦しなくってよ?」 オスカーの背中に再び冷たいモノが走ったのはいうまでもない…。 チーン。(合掌) 頑張れ、オスカー!!(笑) あとがき やっと、完成です! お付き合い下さってありがとうございます。 これが豆田の初小説になります。 思いつくまま書き殴った結果、とりとめのないだらり駄文になった訳ですな。 作中、賭の話が出てきますが、オスカーのスッピンという条件は彼の中に実際にあった素の気持ちだった訳です。 受けになるという代わりに、お前も自分に総てを曝け出せ、って言ってるんですね(苦笑)。 オリヴィエもそれを解って、アッサリ承諾したのですよ。 ま、結局ただのバカップルな二人が書きたかっただけだったり。 感想等、bbs及びメルフォにてお待ちしてます☆ 06/11/24更に加筆修正。 ☆BACK☆☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆