「よー、ヴィクトール」
「どうした?」
「コレ、何とかなんねーのかよ?」
「何の話だ、ゼフェル?」
金の曜日の夜。
執務を終えたゼフェルは聖獣の宇宙へ赴き、恋人である地の守護聖の執務室を訪れた。
その足で二人はヴィクトールの館に向かい、夕食を共にした後。
いつもの習慣でゼフェルが先に浴室を使い、そこから出てきた所の会話である。
浴室から出てきたばかりのゼフェルからは、自分と同じ物を使っていると言うのに得も言えぬ良い香りが漂い、いつもヴィクトールの欲を煽る。
湯で火照った頬、完全に拭い切れていない美しい銀髪から滴る水滴。
見慣れた、と言える程二人の仲は長いものではなく、こうしてお互いの館を行き来するようになるまでには、気の遠くなるような時間を要した。
募る想いをこの照れ屋で意地っ張りな恋人に伝えるのに、どれだけの労力と忍耐を強いられたであろうか。
まあ、それも今こうして、受け容れてくれる可愛い恋人が目の前に居るから、言えることなのだろう。
そして歳若い恋人の何気ない仕草、自分に向けられる無防備な表情に、ヴィクトールは何よりも愛しさを感じる。
滅多に口にしてくれない愛の言葉を聞けたその瞬間など、正に至福の時としか表現出来ない。
自分が女王試験の教官として初めて聖地に派遣された当初、ゼフェルの反応はと言えば反発と言うよりも拒絶に近いものであった。
時間は掛かりはしたが、彼のそれは身体的コンプレックスから来る羨望と、妬みがない交ぜにになった感情の表れだという事が徐々にわかってきた。
自分からその話題を口にするのは抵抗があるのか、未だにそんな素振りを見せるものの、ヴィクトールはまたそういった面も好きなのだ。
あれから―――。
初めてあった日から今日まで、どれだけの月日が経ったのだろうか。
基本的に自分達が居たかつての世界と、この聖地とでは時間の流れが全く異なっている。
あの時よりヴィクトールは幾分年を重ねたが、この恋人は殆ど見張るような外見的な変化は見当たらない。
否、以前のような幼さは抜け、精神面での成長は著しいものだと思う。
顔つきも少年から青年へと正に変わる途中と言った風の、何とも微妙なバランスを含んでいる彼を見た瞬間、ヴィクトールの燻っていた秘めたる想いに再び火が点いたのだ。
よもや自分が守護聖たる役目を仰せつかるとは、夢にも思わなかった事だった。
自分が試験の手助けをしたあの少女の、新しい宇宙の守護聖だと聞きまた驚いた。
そしてまた、二度と会えないだろうと覚悟していた愛しい想い人に、再び逢えるかもしれない。
同じ時間の流れの中で、過ごして行けるのだと、そう思った。
自分の世界に未練や思い入れが全く無かったとは言い切れない。
迷いや戸惑いも勿論あった。
エトワールと名乗った少女には悟られぬよう、ヴィクトールのゼフェルへの想いは隠したまま、聖地へと赴いた。
そこで再び想い人との、衝撃の再会。
だからこそ、ヴィクトールとてゼフェルに想いを告げる勇気も出せたというのだ。
*
「コレ、おめーのシャツだろ? 俺のサイズをちっとは考えろよなー」
ヴィクトールの目の前に立ったゼフェルが、風呂上りの素肌に白いシャツを一枚、羽織っている。
下から三個程のボタンを留めたきり、後は彼の上気した肌が惜しげもなくヴィクトールの目に晒されている。
見えそうで見えない、ギリギリの位置で隠す恋人のシャツ姿に、ヴィクトールの熱がまた上昇する。
「ったくよー、俺は女じゃねーんだからよ、マシな服用意しろって」
本人の言う通り、ゼフェルに全くサイズの合っていないぶかぶかのシャツ。
長過ぎるその袖を邪魔臭そうにブラブラと大袈裟に振って見せ、その柔らかな頬を少々膨らませながら文句を言ってくる。
それを気取られないよう苦笑しつつ、ヴィクトールはゼフェルの首から掛けられているタオルを取り、まだ水気の含む髪を拭きながら言った。
「いいから早く髪を乾かせ。風邪をひいてしまうだろう?」
「よくねーっつーの。俺の服持ってくりゃ良かったぜ」
憎まれ口を零しながらも、ゼフェルはヴィクトールの手の逆らう事無く、じっとしている。
普段から長湯を嫌う鋼の守護聖は、いつも身体を拭くのもそこそこに出てきてしまう。
それでもヴィクトールと一緒に入る時や、こうして彼に髪を拭いて貰うのも抵抗しない。
彼なりに譲歩しているのだろうか。
口では何のかんのと言いつつも、こうして自分の好きにさせてくれるこの可愛い恋人に、ヴィクトールはいつも敵わないと思う。
彼の素直じゃない一つの言葉よりも雄弁に、心情を表している飾らないその表情と態度に、参っているのだ。
「俺はお前が俺の服を着てくれているのを見るのが好きなんだ」
「…っ!!」
タオルでごしごしと拭う音が耳に擦れる合間に、頭上から降って来たヴィクトールの言葉にゼフェルが一瞬絶句する。
息を呑んだかのように硬直したゼフェルの身体に、ヴィクトールは音もなく微笑んだ。
自分がこうしてこんな言葉を言うような男だとは思っていなかったのだろう。
事ある毎にゼフェルは零していた。
『おめーって、もっとなんつーの? 寡黙…? や、ちげーな。軍人らしく、っつーか…硬派なんだと思ってたぜ…』
ゼフェルの言い分は尤もだと思う。
自分の言動に本人ですら驚きを隠せない部分が大きいのに、ゼフェルからしてみれば更にびっくりしたことだろう。
「そうだろう? 恋人が自分の部屋で自分の服を着るって事は、なかなかにそそるじゃないか」
「!! …つーかよ、段々おめー、言ってる事がオヤジ臭くなってんぞ?」
「な…っ?!」
ゼフェルのまさかの発言に、流石のヴィクトールもその手が思わず止まってしまった。
確かに年齢差はある。
親子と称しても無理が無いほど、外見的にも実際の年齢差にも、不思議は無いのである。
だが、ヴィクトールが敢えて目を逸らし気にしないようにしていたこの事実を、恋人から言われるのはやはりきついものがある。
「…オイ、ヴィクトール?」
「………」
それっきり固まってしまった恋人を、訝しげに訪ねるゼフェル。
ヴィクトールにはその声すら耳に届いていなかった。
呆然。
茫然。
そんなのどっちだっていい。
石になってしまったヴィクトールの頭の中は、最早真っ白な状態。
ゼフェルの髪を拭いていたタオルごと、動きを止めてしまった恋人の大きい掌。
ぴくりとも動かないのも逆にすごいな、と思うゼフェル。
だが、さっきの自分の言葉で固まってしまったのは、彼にもわかっていた事。
その大きな手にそっと包み込むように、ゼフェルの手が重ねられる。
指先が触れた時、僅かにヴィクトールの手が揺れた。
その動揺を落ち着かせるようにきゅっと握り、ゼフェルがゆっくりとその手を下に降ろすと。
困惑したような、不安に晒された、恋人の瞳。
いつも自分を射抜いてしまうかの如く見つめる、あの意志の強さを秘めた熱くて鋭い視線は、今は何処に形(なり)を潜めてしまったのだろうか。
「…なんだよ。そんなに気にしてんのか?」
「………」
口を少々尖らせながらも、ばつが悪そうに言うゼフェルを、ヴィクトールはじっと見つめていた。
『気にして』いる。
それは間違いない。
いつか自分に愛想を尽かしてしまうのでは、とそんな不安がいつも付き纏う。
ゼフェルを理解し、一緒に歩んで行けるのもまた、自分だけではない事もわかっている。
現に彼に密かな想いを抱いている人間はゼフェル本人が気付いていないだけで、相当居る事にヴィクトールは懸念している。
ゼフェルと同年代の若く、気の合う人間など幾らでも居るだろう。
この恋人を束縛する気は、ヴィクトールには無い。
心配である事には違いないが、それ以上に信じているから。
曲がった事を嫌うゼフェルが、浮気などする筈が無い。
…あるとすれば、それは浮気では無く、本気という事だ。
心変わりをされてしまえば、ヴィクトールにそれを止める自信が無い。
本人の気持ちを尊重する、と建前はそう言うだろう。
大人の分別を弁えているつもりでも、心中では実際その場面に遭遇したら、自分は一体どうなってしまうのだろうか。
最早想像もつかない。
否。
したくないのだ。
だが。
コンプレックスを抱えているのは、何もゼフェルだけでは無い。
ヴィクトールもまたこの年齢差を重く感じ、不安に感じている大きな要因なのである。
「…ヴィクトール?」
「あ…? ああ…なんだ?」
「どーしたんだよ? 俺、そんなにわりー事言っちまったのか?」
ゼフェルを凝視したまま微動だにしないのが、余程彼に不審に映ったのだろう。
怒ると言うよりは、戸惑っている。
頼りなげに下から覗きこむぜフェルは、普段よりも愛らしさが増して見える。
「いや…。何でもないんだ、ゼフェル」
「何でもねーって…んなツラじゃねーだろ?」
誤魔化しきれるとは思ってなかったが、ゼフェルにそんな泣きそうな表情で訴えられては、ヴィクトールも二の句が告げなくなってしまう。
「何だよ、どーしたんだよ? 俺、何かしちまったのか?」
不安に揺れる、紅い瞳。
真っ直ぐ見つめてくるその視線は、一点の曇りも無い。
否、曇っているのは、自分の方だ…。
「いや、本当に何でもないんだ。ゼフェルは何もしていない」
「…何だよ、それ。俺には話もする必要ねーってのか?!」
「ゼフェル…?」
「俺はっ…、俺がガキだからって、話しても意味なんかねーって!!」
「ゼフェル?!」
ゼフェルはいきなり声を荒げ、握っていたヴィクトールの手を、乱暴に振り払う。
「いつも、そーだよな。いつだって俺とおめーとは、こーいう時対等じゃないっての…考えたくねーっつーのによー…」
怒っているはずの恋人は、どうしてこんなに泣きそうな表情をするのか。
着ていたシャツの裾の辺りをきゅっと彼の両手が掴む。
粗方水分を拭き取った髪は、今のゼフェルの心情を表しているかのように、ぺたりとしなってしまっている。
その様は耳を伏せ、尻尾をだらりと下げてしまった、まるで捨てられた仔犬のようだ。
ヴィクトールは愛しさと罪悪感のせめぎ合う狭間で、歳の離れた恋人を見つめていた。
何も言わない、と言うよりは掛ける言葉を発するのを忘れてしまった、と言うのが正しいのだろう。
何の反応も見せない恋人に痺れを切らしたのだろうゼフェルが、諦めたのか突然くるりと踵を返した。
その後姿は気の毒な位肩を落とし、線の細い彼の体格を更に小さくヴィクトールの瞳に映す。
「もーいい…。帰る…」
ゼフェルから発された言葉は、音量こそは小さかったものの、ヴィクトールの耳にははっきりと刻まれた。
ゆっくりとそのまま扉へ向かう足取りは重く、怒っていると表するにはあまりにも儚げで。
ぼうっと見ている場合じゃない。
ヴィクトールが漸く意識を取り戻した頃には、もう既にゼフェルは扉を開けてしまっていた。
声で呼び止めるべきか。
その細い腕を掴んで引き止めるべきか。
一瞬の内にヴィクトールの頭の中で浮かぶ、二つの選択肢。
選ぶ事も、躊躇う事も出来ず。
何故ならヴィクトールの身体は、思考よりも先に、恋人の元へと駆け出していたからだ。
「なっ…?! 何だよ!! 離せ、このっ…!!」
背後からいきなり腰に腕が巻きつき、身動きが取れなくなったゼフェル。
ヴィクトールの力は強くその体格差も手伝い、ゼフェルが暴れようが何をしようが、それに敵うものではないと解っているのに。
つい先程のヴィクトールの態度に、ゼフェルだって素直に捕まってやる気は無い。
しかし、それはヴィクトールも然り、のようで。
帰ると言った恋人を素直に帰す気など無い。
言葉はなくても、その腕の力の強さが増すことが、彼の答えなのだろう。
ゼフェルの肩口にヴィクトールの額が埋められ、触れ合う箇所が徐々に熱を持ち始める。
暫しの無言。
溜め息のような吐息が、どちらからともなく同時に、無言の部屋に響いた。
「…俺を絞め殺す気か、このバカ力」
「え…? あ、ああ…すまん。だが…」
言葉は何時ものゼフェルのものだったが、その声音は優しいもので。
同時に上から触れた、ゼフェルの手の感触を感じつつも、ヴィクトールはその腕の力を緩めるだけに止める。
この腕を離してしまえば、この恋人は途端に去ってしまいそうな気が拭えなかった。
ヴィクトールの反応に苦笑するゼフェルが、わかっているとでも言うように触れた手をぽん、と叩く。
「…いーから、離せって」
「しかし…」
それでも躊躇しているヴィクトールの腕は、緩めたまま動かない。
思うように言葉が続かないのだろう。
元々お互い、想いを口にするのはあまり得意ではない。
ゼフェルが少し強引にその腕を離すと、頭上で息を呑む音が聴こえる。
素早く彼の方へ向き直ると、すぐさまに合わせた視線。
驚きと、困惑。
最初に彷徨うような動きを見せたヴィクトールの視線は、見上げるゼフェルの強い眼差しに射られ、呆気なく陥落してしまった。
敵わない。
総てを見透かされるようなこの瞳に、自分は一目惚れしたようなものだ。
そして、いつもこの瞳に見つめられると、抗えない自分がいるのだ。
そんな事を考えていると、突然ゼフェルがヴィクトールに抱きついてきた。
驚いたのも束の間。
本気で怒ってはいなかったのだと、言ってくれているのだろうか。
意地っ張りで甘えるのが苦手な恋人が、口下手でいつも下らない取り越し苦労ばかりしている自分を、彼は受け容れてくれる。
堪らなくその胸に沸き起こる、愛しさで溢れ満たされてゆく。
「…すまない、ゼフェル」
「や、俺も…おめーがそんな気にしてるなんて、思わなかったからよー…」
顔をヴィクトールの胸に埋めたまま、恥ずかしそうに呟いたゼフェルの言葉に、苦笑する。
ただの恋人同士ならば、こんな事を考える方がおかしいのだろう。
対等で居たいのにと言った、ゼフェルの言葉にやっと目が覚めた気がした。
ゼフェルの方が本質的な事をわかっていたのに、それに比べ自分は何と小さな事で憂えていたのだろう。
ゼフェルは何がおかしいのかと、くつくつと笑っている恋人を訝しげに見上げる。
「いや、そうじゃない。確かに年齢差はあるのは事実だが、それに囚われていたのは俺だったんだ」
「? どーいう事だ?」
最もヴィクトールを魅了する、ゼフェルのその紅い瞳が一層大きく見開かれる。
まだ湿ったままのゼフェルの髪に手を差し入れると、触れるだけのキスを彼に落とす。
「ん…っ」
「…そのままでは風邪をひいてしまうな。先に乾かしてしまおう」
髪が触れていたせいで冷えてしまったその頬を優しく包むと、ヴィクトールは徐にゼフェルを抱き上げベッドの上に連れて行った。
*
背後でドライヤーの風を当てながら、ゼフェルの髪を乾かす大きな掌。
かつてその大きな手は神鳥の宇宙を守る為に戦う、戦士のものだったのに。
今は自分のためだけにあると言われてるように、慈しむかの如く優しい手で。
ゼフェルは、ヴィクトールのこの手が好きだった。
愛してるだとかそういった類の言葉は滅多に聞けないが、自分を愛しいと扱うその手や仕草が好きで。
本来ベタベタするのは好きじゃないのに、この手に触れられるのが一番安心出来ると思っている。
逆にあまり言葉で表して貰っても、どう反応していいのか解らないというのも多少なりともあるのだが。
それでも偶に聴ける、ヴィクトールの『愛している』の言葉も、実は嬉しいものだったりする。
まだゼフェルには慣れない情事の最中に於いて聴けるその言葉は、甘く蕩かすような感覚を呼び起こす。
いつも気遣い、労わるように自分を抱く、恋人のその手に。
ぼうっと自分の髪を乾かすヴィクトールのされるまま、そんな事を考えていたゼフェル。
その瞬間。
突然何気なくゼフェルの耳に触れた、彼の手にびくりと反応してしまった。
「ああ、悪い。痛かったか?」
「え…? や、そーじゃねー…」
本当の理由なんて、言える訳が無い。
上手く誤魔化すことも出来ず、ただ言葉を濁すのみのゼフェルに、ヴィクトールは首を傾げる。
少し乱暴にしてしまったか、と反省しながらも彼もそれ以上は口にしなかった。
だが。
襟足の部分を乾かしていて、ふと目に入ったゼフェルの項に、ヴィクトールは目を見張る事になる。
「わ、悪い! 熱いなら、そうと言ってくれ。こんなに赤くなってしまってるじゃないか?!」
「は…? 何…っ、んっ…!!」
「…ゼフェル?」
「バ、バカっ…!!」
ドライヤーの風が熱かったのかと、真っ赤に染まってしまっていた項を思わず指でなぞった瞬間。
ゼフェルから驚いた声の後に続く、甘い色を含んだものがドライヤーのモーターのうるさい音に紛れ聴こえて来た。
よくよく彼を眺めれば、耳まで真っ赤になってしまっているではないか。
「も、もーいーって!!」
慌ててその場を離れようと立ち上がろうとしたゼフェルを、今度はヴィクトールも焦る事無くその手首を捕まえる。
バランスを崩し、あっさりとヴィクトールの胸の中へと抱すくめられたゼフェルと、彼の視線が合った。
「何故逃げる?」
「べ、別に…!!」
意味ありげに笑いながら問うヴィクトールに、ゼフェルは視線を泳がせながらぶっきらぼうに答える。
脇に置かれたままのドライヤーのスイッチをオフにし、ヴィクトールはしっかりとゼフェルを抱き直す。
もう抗う様子の無いゼフェルのまだ赤いままの耳朶を、意思を持った指をそっと這わすと、腕の中でまたふるりと身体を震わせる。
反射できゅっと瞑ったゼフェルの瞼に優しくキスを落とすと、力が入っていた彼の身体からふっと抜けるのがわかった。
「どうした…? 何を考えていた?」
「決まってんだろ…」
口を尖らせ、ばつが悪そうに答える恋人の言葉と仕草に、いきなり煽られる。
どうしてこんなに自分を夢中にさせてくれるのだろうか。
やはり敵わないな、と、ヴィクトールは苦笑しながら溜め息混じりの吐息を吐く。
「…何か、勘違いしてっだろ?」
「勘違い…?」
「おめー、俺がエロい事考えてたと思ってんだろ?」
「何だ、違うのか?」
「ち、ちげーに決まってんだろ!!」
「何だ…違うのか」
それは残念そうに言うヴィクトールの顔は、柔らかい笑顔を湛えたままで。
あながち違うとも言えないが、ヴィクトールが今想像している事とは微妙なズレがあると、ゼフェルはあくまで否定する。
「なあ、さっきの、どーいう意味だよ?」
「さっき?」
「囚われてるとか何とか、言ってただろ」
「ああ…、あれか」
これ以上追求されては不利と思ったのか、ゼフェルは話題を先程のヴィクトールの言葉へと矛先を変えた。
ヴィクトールは観念したかのように、ゆっくり息を吸い込むとゼフェルの髪を撫でながら、ぽつりと言った。
「大人って言うのはな、色々余計な事を杞憂してしまうもんなんだ」
「…はあ?」
いきなりのわけのわからない発言に、ゼフェルの眉間に皺が寄る。
それを見たヴィクトールが、また苦笑いを浮かべる。
「特に歳若い恋人を持つとな、いらん心配しちまうって事だ」
「あのなー、もうちっと解りやすく言えっつーんだよ!!」
まだ捉え所の無い言葉ではぐらされたと、ゼフェルが憤慨するのをヴィクトールが制止する。
「お前にはもっと、同じ位の歳の恋人が合うんじゃないかとか、逆に俺が年上なんだから、支えてやらなければいけないとか、な」
「…何だよ、それ」
ヴィクトールの言葉に、不快を表す声音と共に睨まれる。
「ああ、これはお前を信用していないとかそういう意味じゃない。ただ、俺が勝手に思い込んで、拘っていただけの話だからな」
「………」
ゼフェルの視線は緩む事無く、まだヴィクトールを見つめている。
「さっきお前に『対等じゃない』って言われた時、頭を殴られたようなショックだったな」
「…何でだよ。違わねーだろーが」
「ああ、だからだよ」
「?」
やはり訳がわからない、と首を捻るゼフェル。
「お前の方がよっぽど大人で、俺がつまらない事に拘っている子供だって事だ」
「な、何の話だ??」
「俺はな、言葉が足りないだけじゃなくて、それ以上に嫉妬深くて、独占欲が強いんだと思い知らされたよ」
「へっ?」
ヴィクトールの胸に背中を預けるように収まっていたゼフェルを、自分の方へと向きを変える為に軽々と抱き上げた。
その言葉の意味を問う筈が、抱き上げられた拍子に間の抜けた声が出てしまったゼフェル。
彼の膝の上に跨るように座らせると、額をピッタリとくっ付けられる。
その近さに、ゼフェルの心拍数が一気に上がった。
黙っていれば所謂強面で、鋭い視線を作る瞳は今は影も形も無い。
これ以上無い位に緩められた柔らかい視線に、嬉しいやら恥ずかしいやらで、ゼフェルの心中は穏やかではない。
自分だけに向けられるそれは、今も自分の赤く染まった顔を映し出していて。
「こんな気持ちになるのは、初めてだからかな…」
「え…?」
「今が最高に好きだと思っていても、また明日になれば今日よりも更にお前の事を愛しく思うんだ。…正にその繰り返しの日々だな」
「な…?! お、おめーってヤツはよー…」
真面目な顔をして、何を言うのかと思えば。
臆面も無く、こういう事をさらっと言う。
自分で言葉が足りない等としょっちゅう言ってはいるが、ゼフェルにしてみれば十分言葉でも行動でも愛されていると自覚せざるを得ない。
かあっとみるみるうちに赤くなってしまったゼフェルの頬を、ヴィクトールの大きな掌が包み込む。
ヴィクトールの長い指は彼の耳を挟むように支え、そして親指でその頬を優しく撫でられる感触に心地良くて、預けたまま思わず目を伏せる。
「…まずいな」
「…は?」
そのまま口付けが降りて来るのかと思いきや、この空気に似つかわしくない色気の無い言葉が代わりに降って来た。
ぱちくり、と見開かれたゼフェルの瞳には、普段余り拝む事の出来ない恋人の赤面した顔。
少しだけ横に逸らされたヴィクトールの頬は、紛れも無く真っ赤になっている。
「な、何だよ、どうしたんだ?!」
「どうしたもこうしたも…お前のせいじゃないか」
逸らされたまま、ぼそっと呟かれた声は、どこか余裕が無いようにも感じられる。
「俺のせいって…何もしてねーだろ?!」
「ああ、お前はそうだろうが…」
また訳のわからないうちに自分のせいにされて、ゼフェルは再び憤慨している。
今すぐにも暴れだしそうになっている恋人の身体を抱き締め、彼の耳元でヴィクトールがそっと何かを囁いてやるとピタッと身体を硬直させる。
それを肯定と受け取ったヴィクトールが、途端に抱き締めていたゼフェルを引き剥がすと性急に彼の唇を奪った。
「ん…ふ…っ」
息継ぎをする間も与えぬような、激しい口付けにも必死で応えるゼフェル。
ゼフェルの鼻から甘く抜ける吐息がその熱を煽り、何時の間にかヴィクトールの背中に回された手が、しがみ付くように彼のシャツをぎゅっと掴むのを感じる。
離れていたのは僅か数日の事なのに、どうしてこんなにも抑えが利かないのだろうか。
苦しそうに息を継ぐ恋人に気付いていても、手加減をしてやる事が出来ない。
漸く唇を解放してやれば、ゼフェルの息は絶え絶えになっていた。
少し涙目になり、とろんと視線を彷徨わせている様は、またもヴィクトールにとって目の毒とも言える。
くたりと身体の力が抜けてしまったゼフェルをそっと押し倒すと、彼が天井を指差して慌てだす。
「ああ、わかってる」
「…ったくよー」
恥ずかしいためか、何時もゼフェルは明るい場所での行為を嫌う。
彼が早く明かりを消せ、と訴えていたのをヴィクトールは苦笑しながら部屋の電気のスイッチを消しに立つ。
サイドテーブルのライトスタンドのみが、部屋の明かりとなる。
その中でぼんやりと浮かぶ、ベッドの上に横たわるゼフェルの表情は、はにかんだような笑顔でヴィクトールを待っていた。
はやる気を抑え、彼に覆い被さるようにベッドへと戻ると、ヴィクトールはもう一度ゼフェルに問うた。
「…いいのか? 今日は加減をしてやれそうもないが…」
「…ヤだっつったら、やめんのか?」
ゼフェルの返答に、眉を下げ一瞬息を詰めてしまうヴィクトール。
その困惑した表情がおかしかったのか、ゼフェルはぷっと吹き出してしまった。
「…ゼフェル」
「わ、悪い…。でも、どーなんだよ?」
挑むようなな視線で反対に問われ、ヴィクトールはにやりと口の端を上げながら言った。
「…いや、無理だな」
「だろ? いいぜ、好きにしろよ」
「後で文句を言うなよ?」
「ま…大丈夫だろ。何しろ俺はまだ若いから、体力あるし、な?」
逆にそう返されてしまい、お互い見詰め合ったまま笑ってしまった。
そしてどちらからとも無く合わせた唇。
これからの長く甘い夜に、溺れていく二人であった…。
*
ヴィクトールの言う『手加減』が、内容だけの話ではなく『回数』も含まれていたのだとゼフェルが知る頃には、言うまでも無く彼はその日起き上がることさえままならぬ状態になってしまった。
「お、おめーってヤツは…!!」
「文句は言わない筈じゃなかったのか? あれは合意の上だろう」
「あ、アホかっ!! つーか、自分の歳を考えろ!!」
「ああ? お前は俺より若くて体力もあると、昨夜豪語していたじゃないか」
「あのなー!! ルヴァじゃあるめーし、限度っつーもんがあんだろ!!」
「ルヴァ様…? まさか…お前…?!」
「てめっ…、何だその疑いの目は!! 知らねーのか、ルヴァの天然エロ絶倫を?!」
「て、天然エロ絶倫…?!」
「オリヴィエがしょっちゅうその事でひでー目に遭ってんだよ!! つか、おめーも大して変わらねーよ!!」
「そうだったのか…。あのルヴァ様が…」
「ったく、地の守護聖はどいつもこいつも…」
「ああ、悪かったって。しかし、お前があまりにも可愛くて素直だったものでな…?」
「い、言うなーっ!!」
あとがき: え〜…(汗)。
どうしてこんな事になってしまったんでしょうかねえ(汗)。
会話が少なかったのは、あまり思う事を上手く表現出来ないカプのため、とでも言い訳しておきましょうか(殴打)。
相手に言えない想いを抱えて、それで擦れ違ってしまう様を書きたかったんです。
歳の差ってどうやったって縮められないものですから、それをどう埋めるかが問題だと思うんです。
でも深く考えるより、ゼフェルが素直にそれを受け容れていたのに、ヴィクトールは気付かなかったんです。
ま、付き合い始めて間もないと言う設定でしたので、通常以上に意思の疎通が上手くなされていなかったと。
しかし真面目に進めていた筈なのに、また最後がおかしくなっちまいました…。
豆田は基本こういうのが書き易いみたいで、結局ドタバタで終わってしまいたいんですね〜。
危うくエロに入りそうになりましたが、何とか踏み止まりました(笑)。
期待していた方も居られると思いますが、それは次回にという事で(汗)。
つか、この二人をまた読みたいと思われる方、いらっさいますかねえ??
感想や苦情は、メルフォか掲示板までお願い致しますm(_ _)m
久々の更新がこんな話でごめんなさい…(涙)。
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