「…お前って、酒強かったのか…」 「え…? さ、さあ? 私は普段全く飲まないので、良くわからないのですが」 「顔色も変わらねェし、結構強いヤツだぜ、ソレ」 「そうなんですか。でも、美味しいですし…平気みたいですね」 「………」 休日の逢瀬。 レオナードの私邸で寛ぐエルンストに、酒を勧めてみたのだが…。 酔わせてメロメロにしてしまおうと言う、レオナードの目論みはあっさりと崩れてしまったのだ。 …チッ、当てが外れちまったなァ…。 コイツは酒に弱いと見たのは、俺の見当違いだったか? レオナードは面白くないと苦虫を噛み潰したような表情で、平然と酒を飲んでいる恋人を眺めていた。 「レオナード…何か、気分でも悪いのですか?」 「あァ? …別に何でもねェよ。お…、もっと飲むか?」 エルンストのグラスが空になりかけているのに気付き、レオナードが手を差し伸べる。 「え…ええ、では…もう少しだけ」 「ン…」 エルンストはレオナードにグラスを手渡し、彼が手際良くお替りを作る様をじっと眺めている。 「…おもしれェか?」 「…えっ?」 「俺の事じっと見てっからよォ…?」 「あ…、ええ…。流石に慣れたものだと思いまして…」 「…へェ?」 「な、何ですか?」 不思議そうにそう呟くと、レオナードは氷をグラスに入れ、水と酒を注いでいく。 グラスをマドラーでゆっくりとかき回すその大きな手に、エルンストは色気を感じていた。 本当は、違う。 酔っていないと思っていたのに、何故かレオナードの仕草にいちいちドキリとしている自分が居る。 これは、酒のせいじゃないのか。 滅多に口にしないアルコールが、自分にどんな変化をもたらすのかなんて解る筈も無い。 「ホラ、どうしたよ?」 「あ…すみません…」 恋人にボーっと見惚れていたエルンストは、レオナードが自分にグラスを差し出していたのにも気付かなかったのだ。 「…やっぱおかしいぜ、お前?」 「そ…うです、か…?」 「何か心ココに在らずって感じだなァ…。俺と飲むのは退屈か?」 「ち…違います!! そうじゃないんです…!!」 「…何必死になってんだよ、オイ」 「あ…」 そんなにおかしかったのだろうか。 レオナードは苦笑しながら、ソファーの背凭れに片腕を回し、足を組んだ。 私服のレオナードを見るのは、まだ数えるほどしか無い。 ラフな大き目の白いシャツを素肌の上からゆったりと着、相変わらずボタンは下から半分程度のところしか留められていない。 そこから視線を少し下に落とすと、目に入るのは彼が着ている、裾の長めのブラックデニムのパンツ。 組まれた上の足からは少し踝が覗いており、それにさえエルンストの心拍数は過剰に反応する。 きっと、私は悪酔いしているのだ。 そうでなければ、こんなの…説明がつかない。 それに、何だか居心地が悪いような気さえしてくる。 落ち着かない…。 「あ、あの…」 「ン?」 「何だか…私、気分が悪いようなので、これで…」 「はァ?!」 グラスをテーブルに置くと、突然エルンストは慌てたように席を立った。 「ちょっ…、待てよ?!」 「あっ…?!」 驚いたのはレオナードで。 我ながらいい反射神経だと思いながら、咄嗟にエルンストの手首を掴んでいた。 熱い、掌。 掴まれたその手首から、熱に蝕まれるような感覚に襲われる。 ダメだ…。 顔まで熱くなって来た…。 エルンストは更に体温が上昇するのを感じ、掴まれていない方の掌で額を覆う。 「オイ?! …お前、酔ったのかァ?」 「え…?」 「顔、赤いぜ?」 「!!」 「どんな風に気分悪いンだよ?」 「…どんなって…」 「吐き気がするとか、頭が痛いとかあンだろ?」 「…そういう訳ではないみたい、ですが…」 「はァ? 何だよ、一体?」 さっぱり訳がわからないレオナードに、エルンストもこの状態に説明のしようが無く。 小さく溜め息を吐くと、レオナードはエルンストの身体を抱き締めた。 「え…っ?!」 「…具合が悪い訳じゃねェんだろ?」 「え…、ええ…」 「じゃあ、ココに居ろって。俺から離れるんじゃねェよ…」 「!!」 レオナードの肌蹴た胸に顔をぎゅっと押し付けられるよう、抱き締められたその腕に力が込められると共に、 降ってきた言葉が思いの外、甘く優しくエルンストの耳に染みてゆく。 「あ、あの…」 「ン?」 「離して…下さい…」 「はァ? 何でだよ?」 「ここに居ますから…あの…」 「どうしたんだよ、エルンスト?」 「っ…」 自分から遠ざけようとする恋人の言動に、尋ねるレオナードの声音にも流石に不審さが滲む。 覗き込んだ眼鏡越しの瞳は視線を合わせようとしない。 しかし、顔はさっきよりも赤く染まり、やや狼狽しているようにも窺える。 「エルンスト?」 「少々飲みすぎたようです…。さっきから動悸が激しくなってしまって、ちょっとどうしたらいいのか…」 「それと俺の傍に居たくないのと、どう関係があるンだよ?」 「そ…、それは…」 傍に居たくない訳じゃない。 だが、何故かレオナードの傍に居るだけで、こんなにも苦しいほどドキドキするのか等、エルンストにも説明がつかないのだ。 俯いて黙り込んでしまった恋人の顎を捉え、自分に視線を合わそうと持ち上げるレオナード。 思わず反射的に見遣ってしまった結果。 ぶつかり合ったお互いの視線は、エルンストの身体に電流を流したような衝撃を与えた。 ピク、と小さく震わせた身体を捩り、そこから脱け出そうともがくがそれをレオナードが許す筈も無く。 「一体何だってンだよ?」 「べ、別に…」 「俺の目、見ろって」 「っ…!!」 アルコールで熱くなったレオナードの吐息が掛かる。 ただそれだけなのに。 ざわめくようなこの感じは、何なのだろうか。 上手く表現出来ないこの感覚に、エルンストはぎゅっと目を瞑ってしまった。 「…誘ってンのか?」 「…え?」 「そうならそうと、早く言えって…」 「な…、何を…?!」 「惚けンなよ。俺に欲情したンだろうが?」 「よっ…?!」 「じゃなきゃ、説明つかねェよな?お前の…その態度は」 「かっ、勝手に決めないで下さい…」 「へェ…? いいのか、意地張って」 「意地なんか…」 「あァ…言い辛けりゃ、態度で示してみな? たまにはそういうお前もいいよなァ?」 「レオナード?!」 「ほら、早くしろよ?」 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている恋人は、その中にも嬉しそうな表情を隠し切れていない。 …否、隠す気など無いのだろう。 確かに自分からレオナードを求める事は、今まで無いに等しい。 いつも求められるがまま、応じているだけに過ぎないのだ。 そして、レオナードの言う事は図星なのだろうとも思う。 事実こんなにレオナードの一挙手一投足に、過剰とも言えるほど反応する事など無かったのだ。 酒のせいにしてしまえば、いくらかは誤魔化せるだろうか。 かつて無い程に昂ぶったこの衝動を、この恋人は喜んで受け止めてくれるだろう事もわかっている。 「オイ…エルンスト?」 「………」 黙ったまま動かなくなってしまったエルンストに、痺れを切らしたレオナードが問うた。 すると。 顎を支えていたレオナードの手にエルンストは自分の手を重ね、空いたもう片方の掌で彼の頬をそっと包むように触れたのだ。 「…エルンスト?」 「あなたは、どうなんですか?」 「…はァ?」 「私と…同じ様に、感じてくれていますか…?」 …心臓の音がうるさい。 もう少しで破れてしまうんじゃないんだろうか、という位にエルンストの鼓動は激しくなる一方で。 顔だけじゃなく、彼に触れた掌から、触れられた顎から、熱が侵食していくのを感じる。 「ンなの…当たり前だろうが。俺様はお前と居るだけで、いつも抑えるのに苦労してンだぜ…?」 「!!」 臆面もなく、ストレートに言うレオナードの頬が、僅かに赤く染まってるようにエルンストの瞳に映る。 自分の顔は彼よりもすごい事になっているだろう事も忘れ、フッと笑みを零した。 「あァ? 何笑って…」 「…黙って、下さい」 「は?」 「………」 反論し掛けたレオナードの唇を、エルンストが静かに指で押さえる。 「…でないと、あなたにキスが…出来ないでしょう?」 「っ…!!」 思わずレオナードの喉が鳴った。 息を呑むほどに色気を漂わせている、かつて見た事の無い自分の恋人の表情に、目を奪われたのだ。 「眼鏡…外してくれませんか…?」 「あ…? あァ…」 言われるまま、レオナードがエルンストの眼鏡を外す。 近眼特有のいつものやや潤んだ瞳が、確かに自分に欲情しているのが眼鏡が無くなった事で、更にはっきりとわかる。 長い睫毛を伏せ、ゆっくりと近付いて来たエルンストの唇に、正に釘付けだったレオナード。 これぞ、彼の待っていた瞬間だったのに。 「んんっ…?!」 待ちきれなくなったレオナードが、彼の首の後ろに手を回し引き寄せ、先に唇を奪ってしまったのであった…。 ***** 「…お前、卑怯だよなァ?」 「え?ひ、卑怯とは…?!」 あのキスの後、なだれ込むように貪り合った、ソファーの上。 「お前…そのエロいの、何処に隠してやがったンだァ?!」 「えっ…?! エロ…い、って?!」 「おかげで俺様、いつになくがっついちまったじゃねェかよ…」 「そんな…」 さっきまでの自分の行為を振り返り、エルンストは真っ赤になってしまった。 「あの…良く…なかったですか?」 「あァ…違うっての。逆だ、逆…良過ぎなンだよ…」 「!!」 「いい歳してよォ、見ろよ、コレ?」 「あっ…?!」 促された視線の先には、まだまだ力を失っていないレオナードの自身が。 「え…えっと…」 「呆れンだろうが?」 「い、いえ…。その…私も、なんです…」 「はァ?」 「足りないと…。私も、あなたがまだ欲しいんです…」 「!!」 信じられない言葉を耳にし、レオナードの瞳が戸惑っているのが手に取るようにわかる。 だが、すぐにエルンストを抱き寄せると、彼の耳元に囁いてきた。 「…寝かせてやらねェからな、覚悟して置けよ…?」 「ええ…、私は一向に構いませんよ?」 「っ…!! ったく…堪ンねェな、お前…」 悪戯っぽく微笑んだ恋人のそれは。 正に小悪魔、と称するのが妥当だった。 …失敗したか、俺様…。 こう色っぽくちゃァな…。 俺様の理性、持たねェだろうが…。 策に溺れたのは、自分だったと気付いたレオナード。 でも。 こんな恋人の姿が拝めるのなら、それもいいかと考えながら…。 蕩けるかの如く更けてゆく、甘く淫らなある夜の出来事であった。 あとがき: この2人、少しずつ恋人らしくなってきましたねえ(笑)。 最初はどうなるかと思いましたが、やはりこのカプで書いて正解だったと我ながら思いました(苦笑)。 可愛いエルンストにメロメロなレオナード、萌え…(殴打)。 しかし、レオナードの執務服程、エロいのは無いですよねえ…(笑)。 この人は何着てもエロいんだと思うのは、豆田だけなんでしょうね♪ 逆に普通のカッコの方が、フェロモン駄々漏れって感じがします(笑)。 ま、どっちにしろ、エロいって事で☆ ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆