「こんにちは、エルンストさん!!」 「ああ…これはマルセル様、こんにちは。今日は…何かこちらの宇宙に御用でしたか?」 「うん…、ちょっと、ね…」 「はあ…」 聖獣の宇宙。 鋼の守護聖の執務室を訪れたマルセルは、何やら大きな包みを抱え室内をキョロキョロと見回している。 「あの…どうか、なさいましたか?」 「え…?!や…あの…セイランさんの言った通りだなぁって…」 「セイラン…彼が、何か…?」 マルセルの口からセイランの名が出た途端、エルンストの眉間にきゅっと皺が寄った。 だが、彼が眼鏡を直すのと同時に、その手を顔から外した時には既にそれは消えていたのだ。 「あ…ご、ごめんなさい…」 「…え?」 「何か…エルンストさん、怒って…ますよ、ね…?」 「っ!!」 マルセルが申し訳無さそうに自分の顔を窺っているのに、エルンストも驚いていた。 あの…一瞬の事を、見られていたのか…。 「…いえ、お気になさらずに。何でもありませんから」 「そ、そうなんですか…?」 「ええ。…それで、今日は私に何の御用でしょうか?」 ヤケに事務的な口調で応対するエルンストに、マルセルも急激に表情を曇らせ始める。 「あ…用って程じゃない…んですけど…。あの…僕がココに来たの、迷惑ですか…?」 「そういう訳では…しかし、今日も執務が立て込んでいるのは否めない事実、ですが…」 「…あ!!」 「…!!」 自分の放った言葉でマルセルを明らかに傷付けたのが、痛いほどわかる。 どうして…自分はこんな言い方しか…出来ないのか…。 この方に自分が浅ましい想いを抱いている事に気付かれたのかと、焦ってわざと突き放すようなこの私の本心を知ってしまったら…。 あなたは、軽蔑…するのでしょう…? 「ごめんなさい…僕…。セイランさんに、最近エルンストさんの元気が無いって聞いて…」 ええ、そうでしょうとも。 私はあなたの事が頭から追い払えなくて、執務もままならないのですから…。 「『緑のかけらも無い部屋に閉じこもってばかりいるから、あんなになるんじゃないのかい?』って、セイランさんが…」 当然です。 余計にあなたの事を連想するものなど置いたら…私はどうなるとお思いですか? 「だから、僕…エルンストさんの元気が出るようにって…」 あなたの笑顔を一番近くで見られる存在になれたら……どんなに幸せな事でしょうね…。 「僕が育てた花をプレゼントしようと思って…でも…エルンストさんの迷惑も考えないで来ちゃって、ごめんなさい!!」 「あ…っ、ちょ…マルセル様?!」 捲くし立てるように一気に言い終えると、マルセルは包みを抱えたまま走り出そうとしたのを、寸での所でエルンストが彼の腕を引っ掴んだ。 「う…わっ…?!」 「あっ…?!」 ガチャン、と大きな音を立て、包みは底から着地していた。 つまり、鉢が割れた訳である。 「も…申し訳ありません、マルセル様!! お怪我は…ありませんか?!」 「う…うん、僕は大丈夫だけど…花が…」 もう既に泣きそうになっているマルセルの瞳に、エルンストも流石に申し訳ない気持ちに苛まれる。 「ちょっと…中を失礼しますね…? ……ああ、大丈夫です、マルセル様」 「え…?」 「残念ながら鉢は割れてしまいましたが…花や根には傷一つ付いてないようです。植え替えれば、問題無いでしょう。」 「ほ、本当?!」 開いた包みの中をマルセルも覗き込んだ。 「あ…よ、良かった…無事で…」 本当に心から良かったと、安堵の微笑みを浮かべるマルセルに、エルンストも知らずのうちに頬が赤味を増す。 どうしてこの方は…こんなに私の心を乱すのが上手なんでしょうか……? 気付かれないようにマルセルから顔を背けると、背中からポツリと呟いた声が聞こえる。 「あ…でも、どうしよう…?」 「何が、ですか?」 「このままじゃ、僕…持って帰れないよ…」 「え…? これは…私の為にわざわざ重い鉢ごと、持ってきて下さったのでしょう?」 「え…う、うん…そう、だけど…」 「何か…植え替えられる器を探さなくてはなりませんね…」 迷惑じゃ…なかったの、僕…? エルンストは自分の姿を見つめているマルセルに気付く事無く、ブツブツと呟きながら何か丁度良いものは無いかと部屋中を物色している。 エ…エルンストさんって…。 「…マルセル様?」 「…え?!」 「どうか…なさいましたか? 心ここに在らず、と言った風ですが…」 「う…ううん。何でもない…」 「探してみたのですが、この部屋には生憎と用途の合うものが見付かりませんで…」 「あ…そ、そうだよね…」 「それでですね、これの底にいくつか穴を空ければ…何とか代用出来ると思うのですが、どうでしょうか?」 と、マルセルの目の前に差し出された物は…。 「エ…、エルンスト…さん?!」 「いけませんかね…? 私は良いと思ったのですが…」 マルセルは落っこちそうな程に丸く見開いた瞳でエルンストと、そのブツを交互に指差して口をぱくぱくさせている。 「そ…ソレ、ヤ…ヤカン…?!」 「…これしか見当たらなかったんですよ。大きさ的にも…ほら、合うでしょう?」 真顔で答えるエルンストに、マルセルの我慢も限界だった。 「プ…ププ…っ!!」 「プ…?」 「あははははは!! エ、エルンストさん…って…あはははは!!!!」 「マ…マルセル様?!」 堰を切ったように笑い転げるマルセルに、エルンストはオロオロとヤカンを持ったまま狼狽している。 「ヤ…ヤカンと…エルンストさん……って…ププっ…!!」 「そ、そんなにおかしかったですか? 私はいいアイディアだと思ったのですが…」 頬を染め、気恥ずかしそうに小さく呟いたエルンストの言葉に、漸くマルセルも意識を取り戻す。 「ううん…違うんだ。エルンストさん、優しいなって…」 「え…?」 「だって…ソレを使っちゃったら、エルンストさんがお茶を飲めなくなっちゃうでしょう?」 「お茶など…飲まずとも、人間死にはしません。ですが、この花は…今すぐ植え替えてやらねば死んでしまうのです。大切な、命ですから…」 「…エルンストさん…」 気付けば、マルセルが自分を熱っぽい視線で見つめている事に、エルンストは急に鼓動が早くなるのを感じた。 「あ…何か…私の顔に…?」 「ううん…僕…エルンストさんの事、ますます好きになっちゃうよ…」 「…ええっ?!」 「僕に…そう思われるの、イヤ…?」 「い…や、だなんて…そんな事ありませんよ!! あなたにそう思って頂けるなんて、身に余る光栄ですから」 「そうじゃなくて!!」 「…は?」 「僕は、エルンストさんの事が好きなんだよ?! エルンストさんだって…僕の事、ずっと見てたでしょう…?」 「っ…!!」 気付かれていた…?! 何時から…?! 「いつか…エルンストさん、言ってくれるかと思って待ってたんだけど…僕の方が我慢できなくなっちゃった…」 「それ…は、どういう…?!」 「ねえ、早く植え替えようよ、その…プっ…ヤ、ヤカンに!!」 「あ…そ、そうでした…」 二人は急いでヤカンに土と花を植え替えると、それを日のあたる窓辺に置いた。 「…取っ手がついてて…便利だね…」 「…そうですか? やはり見栄えはあまり良くありませんね」 「そうかな? 僕は花が喜んでいるように、見えるよ?」 「え?」 「エルンストさんなら…このコを大事に、してくれるでしょう?」 「ええ…勿論です」 「ふふ…良かった…!!」 「…マルセル様?」 「え…?なあに…?」 「先程の…いえ、何でもありません」 「さっきの…って、僕がエルンストさんの事、好きだって言った事…?」 「っ…!!」 「…本当なんだよ? でも、エルンストさんは…僕を好きじゃないんだよね?」 「わ…っ、私は…そのような事…!!」 「言ってないかもしれないけど、好きとも言ってないじゃん…」 「!!」 「いいんだ、僕…若いから、すぐに別の人が見付かる…っ、から…!!」 マルセルの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。 それはなんとも美しく、艶を感じさせるものでもあった。 無理に笑顔を作るマルセルの身体を、思わず抱き締めていたエルンスト。 「え…っ?!」 「あなたの…言う通り、です…。私は…あなたを…ずっと、想っていました」 耳元で苦しげに囁くエルンストの声を聞いたマルセルは…。 涙を流していた筈なのに、ニヤリ、と妖しい笑みを浮かべている。 「本当、なの…?」 「ええ…あなたと女王試験で初めて聖地でお会いした時より…ずっと、です…」 そんなの…知ってるよ。 だって、僕を見ていたあなたの視線は…誰よりも情熱的で、僕の身体が熱くなっちゃうんだもん…。 「じゃあ…キス、してくれる…?」 「…え…っ?!」 ちょっとお…。 いくつだと思ってるのかな、僕の事…。 いつまでも子供じゃないんだよ? 好きな人のためなら、何だってしてあげるのに…。 「…エルンスト、さん…?」 「あ…しかし…今は執務時間中ですし…」 んもう…この…融通の利かなさったら…!! 「ねえ?」 「は…はい…?」 「してくれなきゃ、僕…」 「え…?」 「エルンストさんの事、嫌いになっちゃうよ?」 「な…?!」 本当は僕が襲ってもいいんだけど…。 そんなことしたら、エルンストさん…。 勃つものも、勃たなくなっちゃうんだろうな…? 「僕と…そういう事まで、したく…ないんだ?」 「……参りました」 「へ?」 「後悔、しませんね…?」 「こ…後悔って…?!」 「あなたが…私を煽ったのだと、お忘れなき様…」 「んっ…?! んん…っ…」 や……?! な…に、コレ…!! ズルイ…、こんな…技、持ってるなんて…!! 気持ち…良すぎて、あ…頭が…ボーっとしちゃう…。 「すご…エ、エロい…よ?!」 「…そうでしょうか?」 「これからはエロンストさんって呼ぼうかな?」 「マっ…マルセル様っ?!」 「あ…僕の事、『様』を付けたら、『エロンスト』って呼ぶからね?!」 「あ…ど、努力は致しますが…」 「それから…」 「はい?」 「敬語も、ダメだからね?!」 「え…?!」 「僕と二人でいる時は…普通の恋人みたいに、して…?」 「っ…!!」 「ね…もう一回、しよう…?」 「…立てなくなっても…知りませんからね…?」 「やらしー…」 「…あなたのせい、だからですよ?」 あとがき: ん〜…。 勢いで書いたはいいけど、当初の予定とは大幅に狂ってしまいましたねぇ…。 何となく、黒いかな?って程に収まってしまったマルちゃんと、実はエロエロなエルンストと(笑)。 楽しかったですけどねえ、彼らの心の内を書くのが。 エルンストは女性とそれなりに経験があると踏んだ豆田ですが、結局押し切られて襲われて、みたいな部分があったんじゃないかと(笑)。 言われるままにこなして行ったら、床上手になってしまったと(爆)。 場数は踏んでいるけど、恋をした相手はマルセルが初めて、と言う設定なんですよ。 こんな二人でもイイよ!!と言うお心の広い方は、またアンケでも掲示板でもメールでもいいので、感想お寄せ下さいまし!! 続編、あるかも知れません…(笑)。 ☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆