聖獣の宇宙、緑の守護聖の私邸の敷地内。
今回の舞台は、その館とは別棟にあたるアトリエである。
そこは広い庭に面し、テラスも兼ね備えた光の差し込む場所だった。
だが、今は―――――。
*
「もうこんな時間か…。でも明日は土の曜日だし、取り敢えずキリのいい所まで進めようかな…」
セイランは壁の時計を見遣ると、絵筆を一旦置いて軽く伸びをした。
「…休憩でもしよう」
独り言を呟きながら、アトリエ内に備え付けのキッチンへ湯を沸かしに向かう為、立ち上がろうとした時。
人の、気配?
誰か居る。
確かに気配を殺してはいるが、誰かが潜んでいるのを感じる。
こんな時間にココを訪れる物好きな人間なんて、限られている。
セイランはふ…と苦笑を零すと、テラスのガラス張りになっている方へと歩み寄る。
そこには庭に出られるように扉が付いているのだ。
「…そろそろ入って来たらどうだい?」
姿の見えない相手に、いつもの調子で話し掛けるセイラン。
その様は少し嬉しそうに頬を弛めている。
すると。
間を空けずにすぐ傍から…、正しくは外から聞き覚えのある、声が聴こえてきた。
「…何だ、気付いてやがったか」
暗闇からした声の主が、アトリエから漏れる光の中へと姿を見せた。
「当然だろう? 気配を消したつもりかもしれないけど、今更僕にそれは通用しないよ」
セイランはドアを開け、予想通りの人物に溜め息を吐きながら中へと促す。
「ま、そのようだな。俺の事なんざお見通しって訳だ?」
開かれたドアからするりと、セイランの横を通り過ぎるのかと思いきや、急にセイランは視界を奪われたのだ。
「な…っ?!」
「…油の匂いがするな」
セイランは片手で抱き竦められ、髪の匂いを嗅がれていたのだ。
「あ…たりまえだろう?! 絵の具を使っていたんだから。…早く離してくれないかい、アリオス?」
「こんな時間まで起きて俺を待っていたくせに、相変わらずつれない事を言うじゃねえか、セイラン?」
「別にっ…待ってなんかいないよ!!」
「へえ…? そうか…。俺は遅くなるから、行けるかどうかはわからねえってお前に言ったはずだよな?」
「だから、僕は君なんか待ってないって言ってるんだ!!」
「素直じゃねえな、セイラン…」
「なっ?!」
アリオスは鼻で軽く笑うと、強引にセイランの唇を奪った。
「ん…?! んんっ…」
セイランはいきなりの口付けにアリオスから逃れようと試みるが、彼の両腕はいつの間にか自分の肩と腰に巻きついており、がっちりと捉えられていて身動きできなかった。
強引だった筈のアリオスのキスは、セイランの唇を優しく押し包み、舌を甘く吸われるともう抗う事は不可能だった。
セイランはいつしかアリオスの背にしがみ付き、自らその唇を求めてしまっていた。
暫しの間、お互いの唇を堪能した後。
離されたセイランの口の端からは、どちらのとも言えない透明な唾液が零れていた。
アリオスはそれを親指でグイ、と拭うとセイランの視線を外さずにペロリと舐めた。
「なっ?!」
「…怒ったり照れたり、忙しいヤツだな…お前は?」
いとも楽しそうに笑うアリオスのその笑みは、イジワルな色を含んでいる。
自分が素直じゃないのは百も承知だが、その原因はこの男にも多分にあると言うのに。
「全く…。君の生活リズムは一体どうなってるんだい? いくら陛下の勅命だからとは言え、いつか身体を壊してしまうよ」
セイランは湯を沸かしに行くはずだったのを思い出し、キッチンへと移動しながらアリオスに言った。
「…今だけだろ、こんなのは。ココが安定するまで暫くは、しょうがねえさ」
アリオスの答えが聴こえているのかいないのか。
セイランはアリオスのカップを取り出すと、キッチン越しから尋ねてきた。
「アリオス…コーヒーか紅茶しかないけど、どっちに…」
「お前」
「……はあ?」
言い終えぬ内に即答され、その答えの意味を理解するのに少々の時間を要した。
一瞬何を言われているのか解らずに、口を開けたまま呆けていたセイランの頬が、見る見るうちに赤く染まっていたのだ。
「…僕はそんな事、訊いてないんだけど…」
セイランの苦々しげな声にアリオスは苦笑しながら、セイランの背後へとやって来た。
「で? どっちにするんだい?」
気を取り直し、再度尋ねるセイランの手には、紅茶の缶とコーヒーのフィルターがあった。
その手を上からアリオスが一回りほど大きいその手で、そっと握り締めながらわざと彼の耳元で同じ事を囁いてやる。
「だから…お前だって、言ってるだろ?」
「あっ…アリオス?! な…にっ…は…んっ…」
ふざけるな、と言う筈だったのに。
その隙も与えられず、アリオスに耳の中を舐められたものだから、セイランの口からは思わず甘い声が出てしまった。
「いいだろ…? 久し振りなんだし、な?」
「ぼ…くは…まだ、作業の途中なんだよ…!!」
じたばたと暴れるセイランの手から握られていた物を離すと、アリオスは彼の手の甲にキスを落とした。
「あっ…」
「本当はお前の寝顔を見に寄っただけなんだが…お前は起きてるし、情熱的なキスを返すしで…な?」
その言葉に更にカッと身体中の血液が逆流するような感覚に襲われるセイランをよそに、臆面もなくまだ続けようとするアリオス。
「…僕は今、お茶が飲みたいだけなんだけど?」
「じゃあ、俺のを飲ませてやるよ。お前のココで、な…?」
そう言いながら、アリオスはセイランの双丘の間に指を這わせた。
「なっ?! ア…アリオス?!」
「クッ…、面白えヤツ」
「か、揶揄うなっ!!」
「揶揄ってなんかいねえよ。俺はマジで言ってるんだぜ?」
「じゃ…バカにしてるのかい?」
「そうじゃねえって!!」
怒気の含んだ声でセイランの言葉を否定するアリオス。
その思いがけなく大きな音量に、セイランが肩を竦めながら耳を塞ぐ。
「…うるさいよ、人の耳元で」
「ああ…悪い。だけど、な?」
「…何」
「わかってんだろ? お前が欲しいんだよ、俺は…」
そう言ってアリオスは、自分の猛った自身をセイランの双丘に再び押し付ける。
「っ…!!」
「…わかるか? ほら、お前だって…」
と、アリオスの掌がセイランの熱を持ち始めた自身を、そっと弄った。
「やっ…!! ア…リオ…ス?!」
「お前も…俺が欲しいって言えよ?」
「や…だっ…!!」
尚も否定し続けるセイランにアリオスは舌打ちをすると、あっさりと彼を解放してやる。
「…アリオス?」
「…いいよ、もう。行けよ。嫌がるヤツを無理矢理ヤる趣味なんざ持ち合わせてねえよ」
アリオスは髪をくしゃ、と掻きあげると入ってきたテラスの方へと向かう。
「…じゃあな? もう来ねえから、安心しろ」
「…え?」
ちらりと一瞥を寄越しただけで、アリオスはアトリエからさっさと立ち去ってしまった。
「な…な…何なんだ、あの男は…っ?!」
セイランはいきなり来たと思ったら、すぐに帰って行った恋人の態度に憤りを露にした。
ぶつける相手の居なくなったこの怒りを、どうすれば気が治まるのか。
「大体…デリカシーってものが無いんだよ!! 全く…」
セイランはぶちぶちと文句を垂れながら、遣りようのない怒りを発散すべく、独り言を言い続ける。
さっきまで描いていたキャンバスに布をかけ、その辺に散らばっているものを片付け始める。
「…自分が油臭いって言ったくせに」
セイランは溜め息混じりに呟くと、絵の具で汚れている服を脱ぎ、椅子に掛けてあった替えの服を掴んだ時。
背後から笑いを含んだ声がしたのだ。
「…へえ? そういう訳、か…?」
セイランが驚いてハッと振り返ると、そこには先程帰った筈の、恋人の姿が。
室内に音もなく侵入し、寄りかかった壁に背を預け腕組みをして、ニヤニヤとこちらを眺めている。
「な…?! 何…で、アリオス…?!」
「ヤケにお前が素直じゃねえからな…。こりゃ何かあると思ったんだよ」
「もう…来ないって言ったのは、君じゃなかったのかい?」
「確かに来ないとは言ったけどな…、帰るとも言ってないぜ、俺は?」
「はあ…?! じゃ、じゃあ…ずっと、そこに?!」
「ああ…聞かせて貰ったぜ、お前がブツクサ言ってんのもな?」
「!!」
「甘い逢瀬を期待してたのか、悪かったな…」
「う…うるさいなっ!! そんな訳ないだろう?! 全く…屁理屈ばかり言って…早く出て行ってくれないかい?!」
セイランは僅かに赤い頬を見られないようにプイ、とアリオスから逸らし、服を着替え始めた。
着ていたものを脱ぎ捨て、新しい替えを頭から被った瞬間。
素肌に触れた、熱いもの。
それがアリオスの掌だと気付くのには時間は掛からなかった。
「ちょっ…!!」
「オイオイ…何で着るんだよ? 折角脱いだのに勿体ねえな」
「勿体無いって…意味が判らないよ?! 早くその手を離してくれ!!」
腕に袖を通した所でアリオスにその腕を掴まれて、上手い具合に拘束具の役割をしていて身動きが取れないのだ。
その間にもアリオスの掌は執拗にセイランの肌を撫で回し、気紛れのように彼の感じる所を掠めてゆく。
「んっ!! ア…アリオス?! 離せって…ば…!!」
「…何故離さなければなんねえんだ?」
「何故って…あ、呆れたな…。こんな格好はごめんだって言ってるんだよ!!」
「ああ…そうか? じゃあ…お望みどおり、脱がしてやるよ」
アリオスは言うが早いか、セイランの被りかけの服を上から引っこ抜いた。
「ちょ…?!」
「お前、風呂入るんだろ?どうせ脱ぐんだからいいじゃねえか」
「いいじゃないかって…君ねえ?!」
「それとも…俺に洗って欲しいのか?」
ん? と意地悪な笑みで問われ、更にセイランは顔が赤くなるのを感じた。
「それ…洗わせて下さい、の間違いじゃないのかい…」
「!! …クッ、お前らしいな…」
「違ったのかい?」
アリオスはそれに答える事無く、いとも簡単にセイランを姫抱きすると、彼に口付けた。
「んんっ…」
意地の悪い口調とは違う、全く逆の甘い、甘いキス。
素直に自分の首に回されたセイランの腕を感じると、アリオスは更に口付けを深くする。
「…そんなに、僕が…欲しい?」
離された唇がまだ触れそうなほどの距離のまま、セイランがキスの余韻でうっとりとした瞳で尋ねる。
「…何遍言わせりゃ気が済むんだ、この…口の悪い俺のお姫様は…?」
やれやれ、とばかりに苦笑混じりにアリオスが囁いた。
「そうだ…俺は、お前が欲しいんだよ…」
アリオスが囁くと、その間に何度かお互いの唇が触れ合う。
セイランがその感触にぴく、と反応するのにアリオスが目を細めて笑った。
「…で? お前はどうなんだよ?」
アリオスがセイランの答えを促しながら、彼の唇を舌でゆっくりと縁取るように舐めてやると、次第にそこから甘い息が漏れ出して来た。
「あ…んっ…まだ、よ、汚れてる…から…っ」
「ああ…? あのな、俺はお前から絵の具の匂いがするとは言ったけどな…」
「…え?」
「それがイヤだとは一言も言ってねえからな?」
「…?」
「それがねえと…お前の匂いじゃなくなっちまうだろ?」
「!!」
「俺…お前のこの匂い…すげえ好きだぜ?」
「っ…!!」
アリオスの言葉に真っ赤になってしまったセイランは、口をパクパクさせるだけで上手い言葉が見付からないようだ。
「クッ…、何やってんだよ、お前?」
「きっ…君がっ…!!」
「俺が、何だよ?」
「恥ずかしい事、言うからっ…」
「…恥ずかしいか、コレ…」
「…君が匂いフェチだなんて知らなかったよ…」
「…は?」
「それより…風呂場に連れて行ってくれるんじゃなかったのかい?」
「あ、ああ…」
「いい加減、寒いんだけど…」
「ああ…悪い。そういやお前、上半身裸だったか…」
「…誰のせいだと思ってるんだい?」
「それで?」
「はあ?」
「俺は一緒に入ってもいいのか?」
「何を今更…。イヤだって言っても、入るくせに…」
「わかってるじゃねえか…」
「…早く、行こう?」
「かしこまりました、姫君…」
「んむっ…?!」
「俺も、限界だ…」
「もう…!!」
あとがき:
う〜わ〜(汗)。
すごいでしょ…?!
コレ、誰よって位のぶっ壊れ具合ですよ…(涙)。
つか、オヤジ化してますよね、アリオス(笑)。
素直じゃないんだけど、たまに素直な二人ですよね〜。
お互いがどこかで折れなくちゃいけないんだけど、どっちが何処で折れるのかが問題、と言う話ですね(苦笑)。
匂いフェチなのは豆田です(汗)。
臭いのはキライだけど、好きな人の匂いって、いいですよね〜(殴打)。
え〜…こんな話ですみませんm(_ _)m。
よろしければ感想等御寄せ頂けたら幸いでございます☆
ここまで読んで下さって、ありがとうございました!!
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