日の曜日の、早朝。 ランディの館の寝室に、一人分の寝息が微かに聞こえる。 「黙ってれば可愛いのになぁ…」 ぽつり、と呟いた声の主は、ベッドでぐっすり眠っている恋人に軽くキスをした。 ぐっすりと眠っている彼は、擽ったそうに少しだけ頬を弛め、小さく鼻にかかった甘い声を発した。 「ん…」 いつもの何でもない行為のはずだったのに、恋人の思いもがけないその無意識の甘さに、ランディの全身がぞくりと粟立つように 反応してしまった。 「あ…ヤバい…!! ちょっと、頭冷やして来ないとダメだ、俺…」 慌ててベッドから恋人を起こさないように脱け出すと、素早く服を身に付け寝室を後にした…。 「…ん…? まだ…朝、なのか…?」 いつもなら目を覚ますはずの無い時刻に、ゼフェルは何故か起きていた。 窓から差す朝日はまだほの暗く、少し肌寒さを感じる。 布団を深く被ろうと引っ張る自分の腕が剥き出しなのに気付き、寝起きではっきりしない頭で今がどういう状況なのかを やっと把握する。 「ココ…? あー…ランディの部屋、か…」 昨日の情事の後に、そのまま気を失う様に眠ってしまったのだ。 いつもの事とは言え、ランディの自分を求める行為は止まる事を知らない。 ゼフェルとて嫌な訳ではないが、こうあからさまに求められるのも気恥ずかしくて仕方が無い。 「…ったくよー、あのエロ魔人は…」 と、少し頬を赤らめながらゼフェルがふと、隣を見遣ると。 「あ? ランディ…風呂か…?」 居るはずの場所を手で探ると、そこにはもう恋人の体温は残って居なかった。   普段ならいつも自分に絡みついたまま眠る恋人の姿の無い事に、首を傾げるゼフェルだったが。 まだ眠り足りないのか、睡魔が襲ってくる。 徹夜すること自体はゼフェルにとって日常茶飯事の事だが、ランディと過ごす夜は彼に付き合わされてかなりの体力を消耗する。 隣に恋人が居ない事にさして気にも留める事無く、またその襲い来る睡魔に逆らうこともせず、素直にそれを甘受するかのように 再び眠りについたゼフェル。 程なくすると、寝室には彼の寝息の音だけ、静かに残る。 で、そのランディはというと。 「ああ…やっぱ朝の空気は気持ちがいいなあ」 いつものランニングコースを走り抜け、一休みをしていた。 「…ランディか?」 「え? …あ、オスカー様、おはようございます!!」 「何だ、日の曜日だというのに、お前も走ってきたのか?」 「はい、いつもは日の曜日だけはしてなかったんですけど…」 「ああ、ゼフェルもいるし…な?」 「え…?」 「そう言えば、今日は何でココにいるんだ? ゼフェルとケンカでもしたか?」 オスカーはからかうようにランディに尋ねる。 「ち…違います!! その…反対なんですよ…」 「…どういう事だ?」 「昨日ちょっと俺、しつこくしちゃって…ゼフェル、気を失っちゃったんです…」 「…お前なあ…」 「でも…さっき、目が覚めた時に寝顔を見ちゃったらまた…」 「…ゼフェルも大変だな…」 「や…だから、頭を冷やそうと思って、走りに来たんですよ!!」 「そうか…若いってのは、大変だな?」 「…バカにしてます、オスカー様…?」 「いや…そうじゃないさ」 「…それより、オスカー様こそどうしたんですか? 俺との稽古は平日だけだし…リュミエール様は?」 「…お前と似たような理由だ。俺はアイツから逃げて来たんだよ」 「…へっ?」 「どうせ寝かせて貰えないなら、お前との稽古があると言って…無理矢理出て来たんだぜ?」 「へ…、へえー…? そうなんですか?」 「ああ、お前にココで会えて、都合が良かったな」 「リュミエール様に…バレてないんですか?」 「…お前に会ったのはウソじゃないから、いいんだよ…」 オスカー様が逃げるほど、リュミエール様がすごいって…俺には信じられないけどなあ…? その頃。 ゼフェルは夢を見ていた。 夢の中でもしつこく迫ってくるランディに、抵抗し続けている場面だった。 「おめーなー、何でそんなヤりたがるんだよ!!」 「したいものはしたいんだよ!! ヤらせてくれるのか、くれないのか…どっちなんだい?!」 「ヤ…?! バ、バカヤロー!! 誰がおめーみてーなエロ魔人に!!」 「しょうがないだろ?! ゼフェルとは身体だけは相性がいいから、俺だって付き合ってるだけなんだし。じゃなきゃ、何で俺が ゼフェルなんかと付き合うかよ!!」 「な…?!」 「そんなに俺とヤりたくないなら、ヤらせてくれる人の所へ行くよ!!」 「な…に、言ってんだ…おめー?」 「さよなら…ゼフェル?」 ランディは冷たくそう言い捨てると、そこから煙のように消えてしまったのだ。 「オ…オイ?! ランディ?!」 何度ゼフェルが呼んでも、ランディが再び現れる事は無かった。 「ヤれなきゃ…俺と居る意味なんか、ねーって言うのかよ…!!」 ゼフェルは泣きたくないのに、涙が止まらなかった。 涙が出ている感覚はあるのだが、どうしてか嗚咽も出ず、視界も曇る事無くはっきりと見えるのだ。 何だ…この、感じ………? 夢と現との狭間を行ったり来たりしているゼフェルの思考は、ごっちゃになっているのだ。 と、そこへ現実のランディがランニングから帰って来た。 「ああ…何か、モヤモヤしただけだったかも…」 汗ばんで張り付いた服を脱ぎ捨て、軽くシャワーを浴びて戻ってきた寝室には、ランディが出て行ったときのままのゼフェルが 眠っている。 「…幸せそうに眠っている………んじゃないのか?!」 寝顔を覗き込んだランディは、思わず大声をあげてしまった。 何故なら…ゼフェルは眠りながら涙を大量に流しているのだから。 「な…な…?! ゼ、ゼフェル?! どうしたんだい?! 起きてるのか…寝ているのか、どっちなんだい?!」 驚いたランディはゼフェルの肩を掴み、大きく揺すった。 力の抜けた身体をガクガクと揺さぶられ、ゼフェルがうっすらと瞼を開くと…。 心配そうに自分を覗き込む恋人の、必死な顔がゼフェルの視界に飛び込んで来た。 「あ…ゼフェル………って?! う…わぁ…?!」 ランディがホッとしたのも束の間。 ゼフェルがいきなり、ランディにギュッと抱き付いてきたのだ。 あ…もう………何か、飛んじゃいそうだよ…俺。 折角気を紛らわす為に、走って来たって言うのに…わざとやってんのかな?? 俺必死の努力も知らないで、一瞬でその気にさせるんだもんなあ…。 まだ寝惚け状態のゼフェルは覚醒しきっておらずに、夢の中のランディが戻って来てくれたと思い、抱き付いたのだ。 「ゼ…ゼフェル?」 「本当に…行っちまったのかと…!!」 「…へ?! ゼフェル…俺がランニングに出掛けたの、気付いていたのかい?」 「……はあ?」 「……え?」 「なん…だって?!」 「な、何が?!」 「………」 「………」 「マジで…いなかったのか、おめー…」 「え…? あ、うん。さっき帰って来たんだよ?」 「そっか…。だから…あんな夢、見たんかなー…?」 「…どんな夢だったんだい? ゼフェルが眠りながら泣いてるからさ、俺…本当に驚いたんだよ?」 「………」 「話して…くれるかい?」 「…や、いいんだ、もう…」 「そんな…!! 気になるじゃないか!!」 「たかが夢だろ?」 「夢って…その人の心の奥にある何かが、現れるって言うじゃないか? ゼフェルにも何か…あったって事なんだろ?  泣くなんて…普通じゃないし」 「!! そ…う、なのか?」 「うん…そう、聞いた事あるよ?」 「………」 「誰かに泣かされたのかい、夢の中で?」 「………」 「いくら夢だとは言え、俺のゼフェルを泣かすなんて…!!」 「…はあ?」 ランディの恥ずかしい言葉に、呆気にとられるゼフェル。 何で…コイツはいつもこうなんだ…?! でも…。 いつもの、ランディだ。 あんな…酷い事を言った、あのランディじゃない。 ゼフェルは急に恥ずかしくなり、自分の顔色を悟られないように更に彼に抱き付いた。 「ゼ…っゼフェル…」 「あ…? お、おめー…またかよ?」 「…やっぱ…わかる、よな…?」 「…たりめーだろ」 ランディの努力も空しく、彼の身体は正直にゼフェルに反応してしまったのだ…。 「…俺と…したい、のか…?」 「え…?」 「しっ…、したいけど…!! でも…昨夜も無理させちゃったから、俺…頭を冷やしに走って来たんだよ…」 「…へ? そんな理由で、走ってたのか?」 「そんな理由って…酷いなあ、ゼフェル…。俺だって、我慢してるんだよ…?」 「………」 「ど…どうしたんだい?」 「べ…別に…いい、けど…」 「……へっ?!」 「何か…俺も…」 「え…えええーーーっ?!」 「何だよ…」 「い…いいのかい?!」 「アホ!! 二度も言わすな!!」 「あ…ご、ごめん…。あの、辛かったら、言ってくれよ?」 「………」 「ゼフェル…?」 「そ、それからよー…」 「何だい?」 「………黙って居なくなんな」 「!!」 「わ、わかったのかよ?!」 「うん。…ごめんな?」 「…あんな夢見たの、おめーのせいだかんな」 「…ええ?! ちょ、ちょっと、一体どんな夢だったんだい?!」 「…ぜってー言うか」 「仕方ないなあ…。じゃあ、ゼフェルが言いたくなるまで、しよっか?」 「なっ…?!」 「冗談だよ。でも俺、知りたいんだ。ゼフェルが何を思ってるのかを、さ」 「………」 「あんまり言ってくれないから、ホントに心配なんだよ?」 「…そりゃ、俺を信用してねーって事か?!」 「違うよ!! そうじゃなくて、ゼフェルは色々溜め込んで、そうやって夢見て泣いちゃうのに、俺がその事に 気付いてやれないからだよ」 「…は?」 「俺、結構鈍いだろ? そうなる前に気付いてやれればいいんだけど、俺にはそういうのちょっと無理みたいだから…」 「い…いーよ、別に…そんなん」 「ダメ。俺はゼフェルが一番大事なんだから。さっきみたいに、言ってくれよな?」 「さっき…って、何のことだよ?」 「え? もう忘れちゃったのかい? 『傍に居て』って言ったじゃないか?」 「っ…?! そんな事言ってねー!!」 「同じだって。嬉しかったんだよ、俺」 「………」 「好きだよ、ゼフェル…」 「…知ってる」 「ゼフェルは?」 「はあ?」 「ねえ、言って?」 「…今言いたくねー」 「な、何で?!」 「…今言ったら、ひでー目に遭うのは俺だろーが」 「う…」 「あ、後でだっていーだろ?」 「うん。待ってるよ、俺」 「んむっ…!!」 もう黙れ、と言うはずだったゼフェルの言葉ごと、ランディの甘い口付けによって自分が黙らされる。 甘い痺れのような、まるで自分の身体を麻痺させるかの如く。 その時意識が残ってればな…、と遠退く理性の狭間でゼフェルはぼんやりと思っていた。 あとがき: ゼフェルがいつも思っていた事が、夢になって現れるというお話でした。 身体だけの関係だとは思いたくなくとも、あまりの恋人のヤりたがりに(笑)不安になっていたんです。 そして自分に纏わりついて五月蝿いくらいの(笑)ランディが、目を覚ましたら傍に居なかったのもゼフェルにとっては、結構な ダメージだったみたいですね〜♪ 口では鬱陶しがってますけど、本心で嫌がってたらこんな男と付き合うわけ無いですから(笑)。 しかし、あの夢のランディも酷いですよね…。 ランディがいつもヤりたがっているだけじゃなく、努力をしているのを初めて知った彼に、欲情しちゃったゼフェルでした☆ まあ…若さ故にその努力も中々報われないみたいですけどね〜。 んもう、二人とも可愛いんだから(殴打)。 12月アンケ1位の彼らのお話、如何でしたでしょうか? 感想の方、お待ちしておりますm(_ _)m。 彼らに投票して下さった皆様、ありがとうございました!! 06/12/7加筆修正。 ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆