「無い…!! 何故だ…私は確かに、今日は1度も外していないはずだ…!!」 ジュリアスは焦っていた。 冷静沈着な普段の彼を知る者が見れば、この狼狽振りは見物だった事だろう。 形振り構わず、と言うのはこういう事なのだろう。 半分ほど脱ぎ掛けた執務服は崩れ、その長く美しい豊かな彼の金髪も振り乱した様を見せているが、本人はそれどころではないのだ。 さて。 ココはジュリアスの館の、バスルームの脱衣所である。 何かを必死に探すジュリアスの姿は、もうかれこれ30分は続いているだろうか。 「…私の服には無い。それに、床にも落ちた形跡も無い様だ。なのに…何故、だ?  いつも通り私はアレを外そうとしただけなのに…」 呆然としているジュリアスの探している物とは何なのか。 ***** 事の起こりはこうである。 風呂に入るべくジュリアスは普段通りに服を脱ぎ、自分の誕生日にクラヴィスから貰った肌身離さず付けている、 彼とお揃いであるリングを通したチェーンを外そうとしたのだが。 そこにあるべき物が、無い事に気付いたのだ。 小一時間もココで探し、今日の行動を思い返しへたり込んでいるジュリアス。 ココに無ければ、宮殿の執務室か…自室か。 探しに行かなければ。 クラヴィスに、気付かれる前に何としても、見つけなくてはならない。 そう思い立ち、脱ぎ掛けていた服を再び着ようとした時。 「…ジュリアス? 何を…しているのだ?」 クラヴィスが脱衣所の扉を開け、まだ半裸のままの恋人の姿に驚いている。 「…何って…風呂に入ろうとして…」 「見たところ…まだ入ってないようだが?」 「………」 「私は…お前がそろそろ出て来る頃にも姿を見せぬので、心配して見に来たのだが…?」 「そ…そんなに、経っているのか?」 「もう、1時間はとうに過ぎている…」 「…!」 「一体、何をしていた? ロクに服も身に付けずに…こんな場所で…」 クラヴィスは驚きと呆れの入り混じった表情で、へたり込んだままのジュリアスを見下ろしている。 「…私と一緒に入りたいのならば、素直にそう言えば良い…」 半分揶揄うような意を含んだクラヴィスの物言いにも、ジュリアスはいつもの反応を返せずにいる。 「…そうか…」 「…? どうしたのだ…一体。お前…心ここに在らず、と言った風だな…」 「…そうか…」 放心状態のジュリアスは、同じ言葉を繰り返すだけで全く話にならない。 クラヴィスの言葉も耳に入ってない様子だ。 「………」 クラヴィスは深い溜め息を吐くと、ジュリアスの正面に屈みこむ。 「ジュリアス…何が、あったのだ?」 瞳だけがクラヴィスの声に反応し、顔を捉えるのだが…。 やはり様子がおかしい。 …言える訳が無い。 誕生日に貰った、指輪を…チェーンごと、失くしてしまったなんて―――――!! 「い…や、何でもない。考え事をしていたら思わぬ時間が過ぎていたようだ…」 ジュリアスは意識を取り戻したかのように、服を着ようとしたのだが…。 それを阻むかの如く、クラヴィスがジュリアスとは反対に彼を脱がしにかかる。 「…っ、クラヴィス?!」 「まだ入ってないのに、何故服を着るのだ…?」 「何故…って、用事を思い出したからだ」 「先に入った方が良いのではないのか? …そら、体が冷え切ってしまっているではないか…」 そう言って、ジュリアスの身体に掌を這わす。 「…っ!!」 「さっさとしろ…」 クラヴィスは言葉通り、さっさとジュリアスの掴んでいた服を剥ぎ取ってしまったのだ。 「っ、何故…そなたまで、脱ぐ必要があるのだ?!」 「今しがた…私と一緒に入りたいと言ったのは、お前だろう?」 「な…?! 私が…そんな事を言う筈は無かろう?!」 「…つい先程の事を、忘れてしまったのか?」 「つい…先程とは…」 「まあ良い…。さあ、早くしろ…」 クラヴィスは素早く自分の服を脱ぎ終えると、ジュリアスが身に着けていた残りをも引っぺがす。 「?! な…な…」 「…今更何を、恥らう必要がある…。いい加減、慣れてはくれぬものか…」 溜め息と共に呟かれた言葉に、ジュリアスは一気に真っ赤になってしまった。 「ま…あ、そういう所がまた、堪らないとも言えなくもないがな…?」 「ク…クラヴィス?!」 「ほら…早くしろ。私まで風邪を引かすつもりなのか…?」 クラヴィスに急かされ、背中を押されたジュリアスは渋々浴室内へと足を踏み入れた。 シャワーの栓を捻るとすぐに暖かい湯が降り注ぎ、浴室内にたちまち湯気が立ちこめる。 軽く浴びてから、豊かな泡のたった浴槽に足を入れる。 この大男(笑)二人が足を伸ばしても、まだまだ余裕が残る大きなこのバスタブ。 なのに、クラヴィスはジュリアスを膝の間に挟み、背後から抱き締める形で収まっている。 「…クラヴィス」 「…何だ?」 「…何故、こんなに密着して入らねばならぬのだ?」 「フ…気にするな…」 「このままでは…身体も洗えぬではないか?」 「心配するな…、私がすべてやってやる」 「っ?! いいっ…、自分で…」 「…煩い」 慌ててクラヴィスから逃れようとするジュリアスの身体を…洗うというよりは、愛撫に近い動きで撫で回す。 「ん…っ、よ…よさぬか…!!」 「…何故だ?」 「…私は…今日は、そんな気になれぬ…」 ジュリアスは先程の、生気の抜けた状態に戻ってしまう。 「…お前の」 「…え?」 「お前の気にしているのは…これ、だろう…?」 クラヴィスはジュリアスの鎖骨の辺りから項までを、ス…っと指を滑らせた。 ビク、と身体を震わすジュリアスが、驚いた表情でクラヴィスに振り返った。 「き…気付いて…いたのか…?」 「…ま、そういう事、だ」 「…すまない。そなたに貰った、大切な物だったのに…。私は、何時何処で失くしたのかも…気付かなかったのだ」 ジュリアスは俯きながら、力無く呟いた。 「…呆れただろう? 恋人に貰った指輪を失くす等とは…」 「ジュリアス」 「……?」 突然、ジュリアスの言葉を最後まで待たずに、クラヴィスがそれを遮った。 「…お前が、気に病む必要は無い…」 「…どういう意味…だ?」 「実は今朝、な…」 クラヴィスが言う事には。 それは今朝、ジュリアスがいつものように執務へ出掛けた後の、館での事。 毎朝主の寝室へ、ベッドメイクをしに行ったメイドが、見付けたのだと言う。 ソレは枕の下に潜り込んでいて、チェーンが切れてしまっていたのだ。 メイドは主がそれをとても大切に扱っていた事を知っていたので、恐らく気付いていないであろう主人に届けに行った所。 宮殿の廊下で、見知ったメイドの姿を見たクラヴィスが声を掛けた。 自分から持ち主に伝えてやる事にして、そこでメイドを帰したのだと。 「…見れば、鎖が見事に切れてしまっていたのでな…。私がそのまま修理に出したのだ…」 「で…では、指輪は…?」 「私が持っている」 「っ…、何故もっと早く…言わなかったのだ?!」 「…忘れていた」 「……は?」 「お前に言うのを…な」 「………」 「これで…おあいこ、だろう?」 クラヴィスはジュリアスの顔をこちらに向かせるように指で顎を促すと、軽い口付けを落とした。 「…ん……」 ちゅっと小さな音を立て、唇が離れたジュリアスの顔を見ると…真っ赤になっていた。 「…のぼせたか?」 「…微妙なところだ」 「そうか…」 フッと笑みを零すと、クラヴィスはジュリアスの身体を愛しげに抱き締める。 ―――――本当は…失くしたのを気付いた時の、お前の反応が見たかったのだと言ったら………。 「…怒るのだろうな…」 耳元でそう呟くクラヴィスに、首を傾げるジュリアスだった…。 ☆オマケ☆その@(笑)。 「…では、出るとするか」 先に浴槽から出たクラヴィスが、シャワーで泡を流すのをぼんやりと眺めているジュリアス。 「…出ないのか?」 「…そなたが出た後で、な」 「あまり…焦らさないで欲しいものだが…」 「っ…」 「早くしないと…益々のぼせるぞ?」 赤い顔したジュリアスの腕を掴み、浴槽から立たせると。 「…本当は」 「…?」 「…本当は、忘れてなどいなかったのでは…ないのか?」 ぽつりと呟かれたジュリアスの言葉に、目を見張るクラヴィス。 それを見逃さなかったジュリアスは、更に真っ赤になって怒り出す。 「!! …やはり…そなたは!!」 「…まあ、過ぎた事だ…」 「…どの口が、そんな事を言えるのだ?!」 「いいから…早く出ろ。散々待たされているのだ…加減出来ずとも、知らぬぞ?」 「…!! そんなもの、しなくても関係ない!!」 「…どういう…意味だ?」 「私は…今日は1人で寝る事にするのだからな!!」 怒りに任せ、そう言い放ったジュリアスはさっさと浴室から出て行ってしまった…。 「…失敗、だったな…」 …もうちょっと、覗いてみます?(笑)。 ☆オマケ☆そのA(笑) 浴室内に1人残されたクラヴィスは、急いでジュリアスの後を追い既に服を着始めている彼を、背後から抱き締める。 「っ?! …クラヴィス、服が濡れるではないか!!」 「…それが、どうした…」 「は…離さぬか…!!」 「…ダメだ」 「!!」 「そんなに怒るな…」 「っ…、怒ってなどおらぬ…!!」 「では…お前は何故、あのような事を言う…?」 「………」 「私はお前の反応が、知りたかったのだ…。お前が私からの贈り物を、大切にしていてくれた事を知っていた故…余計に、な…?」 「………」 「…ジュリアス?」 「私は…今、自己嫌悪で一杯なのだ…」 「…何故だ?」 「寝ている間とはいえ…鎖が切れていた事に気付かず、今まで何の疑問も無く過ごしていた事に、だ…」 「………」 「私の、そなたへの想いも…それまでの事だったかのように、思えてしまってな…」 「…そうなのか?」 「…っ、違う!! そう…では…ないのに…」 「フ…、わかっている…」 「…え?」 「お前の考えている事等…私が判らぬとでも思っているのか…?」 「!」 「お前を長い間一番近くで見てきたのは、他ならぬこの…私なのだからな…」 「……」 「…どうした?」 「…服を着たいのだが」 「どうせ、すぐ脱ぐ事になるのだろう…?」 「っ!!」 「ああ…脱がせて欲しいのなら…」 「ク…クラヴィス!!」 「…何だ」 「…何でもいいから、そなたも早く着ろ…」 「お前が脱がせてくれるのなら、な…?」 「わ…わかったから、早く…」 「フ…」 いつまでたっても恥ずかしがる恋人に口付けると、仕方が無いとばかりにバスローブを羽織るクラヴィスだった。 あとがき: や、楽しいですねぇ(笑)。 エロまでは発展しませんでしたが、それまでの彼らの遣り取りを書くのはか〜な〜り、萌えです☆ クラヴィスに貰ったのは、プラチナの細い鎖という設定でした。 プラチナって思ったより柔らかい金属で、切れ易いと思うんですよ。 指輪なんかもすぐに曲がってしまいますしね。 寝返りを打った際に、指を引っ掛けてしまって、プッチンと切ってしまったと(笑)。 クラヴィスがジュリアスの事に気付かない筈も無く、本人がいつ気付くのかときっと1日中楽しんでいたんでしょう(萌)。 遅くなりましたが、11月アンケート1位の二人のお話でした☆ 投票して下さった皆様、ありがとうございました♪ 感想もお待ちしております〜!! 06/11/19加筆修正。 ☆back☆/☆小説部屋トップへ☆/☆トップページへ☆